Last Modified: 2025年6月5日(木)10時14分21秒
松本 直樹(まつもと なおき)
1962年3月7日生
弁護士・第二東京弁護士会 所属
1987年4月弁護士登録(39期、登録番号: 20334)
〒102-0071 東京都 千代田区 富士見2丁目10-2 飯田橋グラン・ブルーム 5階
電話番号: 03-5211-7252 FAX: 03-5211-7260
ホームページ: https://matlaw.info/
電子メールアドレス: naoki.matsumoto@nifty.ne.jp
松本法律事務所の案内図(GIF 20KB)などへのリンク
| 1980 年 | 3月 | 静岡県立浜松北高等学校卒業(同窓会のページ) |
| 同年 | 4月 | 東京大学理科I類入学 |
| 1982年 | 4月 | 同法学部進学(中山先生 (ここにも)、江頭先生、藤倉先生、のゼミに参加) |
| 1984年 | 10月 | 司法試験合格 |
| 1985年 | 3月 | 東京大学法学部卒業 |
| 同年 | 4月 | 司法修習生(第39期、湯島では3組、実務は大阪) |
| 1987年 | 4月 | 同修了、弁護士登録、アンダーソン・毛利・ラビノウィッツ法律事務所 (現 アンダーソン・毛利・友常法律事務所) 勤務 |
| 1990年 | 8月 | New York University, School of Law, MCJ入学 |
| 1991年 | 5月 | 同卒業(...そしてBarBriなどへ) |
| 同年 | 7月 | New York 州司法試験合格(合格が分かったのは後ですが……) |
| 同年 | 9月 | Brown & Bain 法律事務所(Palo Alto, California、現 Perkins Coie 法律事務所)勤務 |
| 1993年 | 1月 | 飯田・栗宇特許法律事務所 勤務 |
| 1997年 | 2月 | 松本法律事務所開設・現在に至る |
なお、以上の他に次のような仕事もあります: 1999年から何度か(財)知的財産研究所の研究委員会委員、2000年夏に北海道大学法学部臨時講師、2000年から第二東京弁護士会仲裁センター仲裁人(この文章を参照)、2000年から弁理士会中央知的財産研究所の各研究部会研究員、2004年から何度かおよび2016年から弁理士の特定侵害訴訟代理業務(付記登録)のための能力担保研修の講師、2004年に法科大学院の兼任講師(知財法II担当)、など。
研修所・湯島では、民裁教官が北山先生で、先日まで東京高裁知財第1部裁判長でなにかとご縁があります。また、先日は検察教官の増井先生のお姿を写真at日本大学法科大学院で見付けました。
1987年4月に就職したアンダーソン・毛利・ラビノウィッツ法律事務所(その後「アンダーソン毛利法律事務所」、2005年1月からはさらに変わって「アンダーソン・毛利・友常法律事務所」になっています)は、準会員系の事務所で、外国会社の日本でのビジネスに関する相談を受けるのが主な仕事でした。
ニューヨーク大学はマンハッタンの南寄りにあるので、ワールドトレードセンターがとても大きく見えました(裁判官のH君の2年目の時の部屋の窓の景色は素晴らしかった)。あれが崩れ落ちてしまったとは信じられません。MCJコースでしたが、このコースは今はないです。私の特許法のレポート(PDF、ただし当時はダブルスペースだったので倍くらいのページだった)、そのhtml。
Brown & Bain のパロアルト事務所は、殆ど専ら、ハイテク関連の訴訟を手がけていました: 最重要クライアントは、インテルとアップル。日本企業の件もありました、セガとか(とんでもない特許に負けたのですが (少なくとも当時の理解では)、電気の事件の陪審裁判というのは、ちゃんと理解してもらうのは殆ど不可能で、なんともリスキーだと感じました。その事案の説明は、ここにあります。)。
飯田・栗宇事務所では、特許事件の他、某カード会社の取立訴訟とかも多かったです。
現在は、一人で主に特許侵害訴訟やIT関連事件(特許以外はコンピュータソフトの著作権の問題など)に携わっています。自己紹介を参照。オフィスでは一人で仕事していますが、事件受任時には、他の先生や弁理士の先生と一緒に受けたり、妹(別の事務所 (今は自分の個人事務所) で弁護士をやっています)と一緒に受任したりもしています。