Last Modified: 2017年10月11日(水)23時14分26秒

プロダクトバイプロセス(PBP)クレーム最判についてのメモ

By 松本 直樹

 2015年6月5日の最判2件(平成24年(受)第1204号 そのキャッシュ同2658号 そのキャッシュ)について思ったことをメモしておきます。基本的に、侵害訴訟の方の件(1204号)を対象としますが、審決取消の件(2658号)も殆どコピペですね。。

 ご意見などご連絡はメールでホームページの末尾にあるアドレスまでお願いします。

目次

1. 無効となることの影響

 今回の最高裁判決にはいろいろと問題があります。物同一説を採るとしたこと自体が非常に奇妙ですが、それはともかくとしても、同時にそれがために原則的に無効となるという判断をしてしまっているわけで、これだと少なからぬ数の薬品メーカーの特許などが、不良資産になってしまいそうです。(まあ、逆に、物同一説で有効性もOKというと、強力すぎてしまいそうです。高裁大法廷の結論が、中庸だったと思うのですが。。)

 訂正で対処できれば良いですが、物のクレームから方法(製法)のクレームに変えるのは、変更になってしまうので訂正としては許されないと言われています(後述)。もっとも、この話が最高裁判決の関係でどれだけ確実なのかは、再考の余地があるような気はするんですけれど。

 なお、本稿は、最判自体の基本的な説明などは目的としていません。そこから私の思ったことを書いております。……とはいえ、ごく簡潔に基本的なことを書いておきます。製造方法を書いてそれでつくったもの、という形式のクレーム(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム、PBPクレーム、といいます)について、そこに書いてある製造方法によるものに限られるのか、それとも同じ物が出来ていればそれにも及ぶのか、という問題について、後者だとしました。方法が書いてあるのにそれと違っても侵害だというのは酷いと思うのですが、物がクレームされているのだから、それが同じなら同じく侵害になる、ということなのですね。でもそういう書き方は不明確なので原則的に無効になる、とした最判です。この、原則的に無効というのが大問題で、大いに影響がある可能性があります。この事案自体は、権利者側が負けるのが当然と思われるものなのですが、その負かせ方がいけないのですね、こういうヘンな事案で最高裁が理論的な判示をすることになったのが、不幸な巡り合わせということかも知れません。

2. 最高裁判決への疑問

 最高裁は、4の(2)(4頁以下)で原則的に無効としてしまったわけですが、なぜそうなるのかを考えると、なんともひどいですよね。

2.1 物同一説への疑問

 4の(1)(3頁〜4頁)で、クレームに製法が書いてあるのに、その製法によらなくても侵害との“物同一説”を採るから、(2)で非難されるような状況に至るわけです。(2)で無効としてしまうくらいなら、なぜに(1)で物同一説にするんだよ、自分でヘンにしておいて、それで(orだから)無効だなんて、何言っているんだよ、という感じです。

 それでも、(1)の物同一説が必然的なら、仕方ありません(或る程度は)。この点、多数意見の理由付けは、極めて簡単です。「特許請求の範囲」の役割を説いたのに続いて、単に次の様に言うだけです:

「そして,特許は,物の発明,方法の発明又は物を生産する方法の発明についてされるところ,特許が物の発明についてされている場合には,その特許権の効力は,当該物と構造,特性等が同一である物であれば,その製造方法にかかわらず及ぶこととなる。
 したがって,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,その特許発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるものと解するのが相当である。

 「及ぶこととなる。」のは、当たり前の物クレームについてであれば当然ですが、製法を規定したPBPクレームについてもそうなのかが問題です。が、それを取り上げての議論はまったくありません。単に「したがって」として、製造方法が記載されていても同一の物ならそれと違った製法でも及ぶ、と極めて簡単に結論しています。さらに、本件のクレームについてはこれはおよそ違いそうなのですが、そういう検討はありません、この点は2.36.3で後述します。

2.2 千葉補足意見の言う判例

 物同一説の根拠として、千葉補足意見では判例をひいては居ます。11頁〜に、「最高裁平成9年(行ツ)第120号同年9月9日第三小法廷判決・公刊物未登載,最高裁平成9年(行ツ)第121号同年9月9日第三小法廷判決・公刊物未登載,最高裁平成10年(オ)第1579号同年11月10日第三小法廷判決・公刊物未登載」、と。このように、3件のうち前の2件は審決取消です。そして3つ目の侵害系は、見るからに、いかにもまったく同じ物が出来そうな話ではあるのですよ。ここに載せる予定ですが、現在まだです、簡単にコメントを加えます。どれも、本件とは状況が大きく違っており、これらを根拠として物同一説を一般的に採用したのは極めて奇妙なように思います。さらに、前二者(分割出願での特許であり実質的に一つの案件です)のように審決取消なら、広く読むべきと言うのはもっともということもあります。少なくとも、広くも読めるものを、明示せずに狭く読んで特許を認めてしまうのが問題であることは自明です。それが後から侵害訴訟では広く解釈されたのでは、不十分な審査をしたことになります。

 この3件目の事件の特許は、その最判の引用する上告理由によれば次の様なものです: 「本件特許発明は折れ衿に係わる。折れ衿とは、継ぎ目のない一枚の布で作られた衿が、着用時の折り目線(衿返り線)を境界線として衿腰部位と衿巾部位に別れる衿である。」

 それで最判は、「物の発明における特許請求の範囲に当該物の形状を特定するための作図法が記載されている場合には、右作図法により得られる形状と同一の形状を具備することが特許発明の技術的範囲に属するための要件となるのであり、右作図法に基づいて製造されていることが要件となるものではない。」としました。物同一説ですね、確かに。

 作図法がクレーム中に書いてあっても、クレームされているのは「衿」というものなので、それと同じになっている「衿」なら技術的範囲の中、としたわけです。この事案では、特にその作図法によらなくても物として同じなら該当、というのも分かるようにも思います、「衿」の形が問題のようですから。もっとも、作図法をこそ内容としている可能性もないではないですが。

 いずれにしても、このかつての最判は、今回の薬品の事案について、物がクレームされている以上は物同一説、と頑張る根拠にはならないように思えます。少なくとも、この判例があるからといって、すべての物クレームについて物同一説としなければいけないとは思えません。

 さらに、この最判は、事案としては棄却なのですね。すなわち: 「これを本件についてみると、被上告人の製造販売する製品が右作図法により得られる形状と同一の形状を有することにつき主張立証がないから、被上告人が右製品を製造販売する行為が上告人の本件特許権を侵害しないとする原審の判断は、結論において是認することができる。」 (なお、ここを読むと、上告人の主張はどうもマヌケなように思えますが、何か事情があるのでしょうか? )

 そうしてみると、上記の判旨はそもそも傍論です。せいぜい「作図法」についての場合の、「得られる形状と同一の形状」に及ぶとした最判と解すれば十分です。ならば、今回のテバ社の件において同一性説を採る必要は無かったように思えます。

 以上のようには思いますが、現に最高裁が物同一説を採ったのには、多数意見は明示的にはそう言っていないものの、千葉補足意見が上げるこれらの判例の存在が大きな理由になったのだろうと想像されます。この辺りの考察を、こちらに補足する予定です。

2.3 本件のクレームでの物同一説の疑問

 本件のクレームは、次の通りです:
「次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして
e)プラバスタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」

 結語としては「プラバスタチンナトリウム。」であり物のクレームであるのは確かです。

 クレームとしては、それへの修飾語として、「...方法によって製造される」と規定されていて、なるほどPBPクレームです。ただし、「製造される」とはされていますが、出発物質として「プラバスタチン」が書いてあり、基本的にこれは精製方法なのですね。それで結語が「プラバスタチンナトリウム。」です。これ自体で分かりますが、この目的の物質は既存で既知のものです。また、この書き方で分かるのですから、方法が書いてはありますが、それが物としての目的物質の特定に必要とか役に立っているとかいうわけではありません。このクレームにおいて方法が記されているのは、この方法を採った場合だけを侵害としようとする趣旨であることが明白であるように見えます。また、物質としては既存で既知なのですから(クレーム自体から明らかに)、製法限定しなかったら特許が成立するはずがありません。

 このクレームで、この方法を採っていない場合を侵害とするというのは、私にはおよそ非常識に思われます(そういう侵害主張がそもそも酷い)。最判の説く物クレームについての一般論は必ずしもおかしくないですが(私は反対ですけれど)、この事案においてこの一般論だけをもって結論を下そうというのは、理解に苦しみます。

2.4 無効とすることへの疑問

 さらに、最判は明確でないから無効になるはずとの判示ですが、この点もこのロジック自体が疑問です(ただし、ロジックは疑問ですが、本件特許については、これで製法違いのものも侵害だと主張しているなら、無効とするのも必ずしも不当ではないようには思います)。無効にされそうというのは、今回の最判は、特許法36条6項2号の特許請求の範囲の記載は「発明が明確であること」という要件に原則的に反することになるとしたことによります。

 この「発明が明確」は、範囲の広がりがどこまでなのかが明確、という意味だと思われます(今回の最判の結語がそうなっている)。仮に、今回の最判とは違って、物同一か製法限定かが決まっていないというなら、こういう意味で不明確というのも分かります。製法で限定されるのかどうかによって、範囲が変わってきてしまうのですから。

 しかし、最判によれば物同一で確定です。ならば、そういう意味で明確だ、ということになりそうです。しかし、最判はこれが明確ではないというのですね。次の通りです:

...この観点からみると,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されているあらゆる場合に,その特許権の効力が当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物に及ぶものとして特許発明の技術的範囲を確定するとするならば,これにより,第三者の利益が不当に害されることが生じかねず,問題がある。すなわち,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲において,その製造方法が記載されていると,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか,又は物の発明であってもその特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定しているのかが不明であり,特許請求の範囲等の記載を読む者において,当該発明の内容を明確に理解することができず,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うことになり,適当ではない。

 上記引用部分において「不明」としているのは、“物同一”なのか、それとも「当該製造方法により製造された物に限定」なのか、の点です(なお、その後に検討して、ちょっと違う読み方の余地もあるのに気付きました。6で後述します)。しかし、最判によれば“物同一“と決められているのであり、限定の可能性はありません。それなのに「不明」というのは、何を指しているのか、それこそ不明です。自分の直前の判旨を無視しているとすら思われます。

 まあ、気持ちは分かるのですけれどね。クレーム中に製法が書いてあるので、それで作ったものに限られるとも見えるわけで(実際、まったくそう見るべきクレームだと思います、上記の通り)、なのに同一物にはすべて及ぶというのだと、「第三者の利益が不当に害されることが生じかねず」、ということなのですね。しかし、そういう限定はしないというのが今回の最判です。常にそうだとしています。ならば、第三者はそういう権利だと承知しておくべきです。そうならば、それで“利益が不当に害される”ということにはならないはずです。……いやそれでも、それは広すぎるとは思うのですが、それは最判自身が不当にも物同一を採用しているからで、自分の判断こそを非難しているようなものです。何を言っているのやら。。

2.5 高裁判決の二分説なら

 明確でない、それで予測可能性を奪う、というのは、高裁判決の二分説に対してなら、理屈の通るところがあります。

 高裁判決では、不真正のPBPクレームとして製法限定とされるのを原則としつつ、真正PBPクレームの可能性を認め、真正なら物同一で及ぶ、としました。これだと、不真正か真正かによって権利の実質が変わってきてしまいます。それでは明確でない、というのももっともな話になるようにも思います。

 それでも、高裁判決は不真正PBPクレームを原則としていて、真正は実際上は無いものと思うので、正当化できるとは思います。真正の可能性を認めているのは、一種のリップサービス、ということです。そうなら、不明確というのも、実際的には問題にならないわけです。

2.6 本件特許については分かるところもある (でも制裁として一般化しすぎ)

 最高裁のロジックには疑問がありますが、本件特許については、特許無効というのにも分かるところはあります。特に、このクレームで別方法の場合を侵害と主張しているというのでは、特許無効ももっともかも知れません。そんな権利主張は、余りにも欲張りすぎであり、“そんなことを言うなら特許は無効”と、制裁的に言いたくなる面もあると思うのです。今回の最高裁判決には、そういう面があるのかも知れません(物同一とした点はそれでも疑問ですが、物クレームの理屈を考えていくとそうなってしまう、或いは、特許権者の主張がこの点では妙に上手だった、ということかも。)

 しかし、それで一般的にPBPクレームが無効とされてしまう結論は(そう理解されます)、なんとも行き過ぎです。

 或いは、PBPクレーム一般が、制裁されるべきものと考えたのでしょうか。確かに、物同一での侵害主張を狙ってのものとするなら、そういう試みは不当というのも分かる面はあります。私も、不当な面もあるよな、とは思うのですが、だからといって無効とするのは行きすぎのように思っています。こういうことになったについては、この特許の事件が最高裁で取り上げられたのが、PBPクレームにとって不幸だった、とも言えそうです。

3. ファンクションクレームと似ている面がある

 こないだからの私の思いつきですが、今回の状況は、米国におけるハリバートン事件の最高裁判決(Halliburton Oil Well Cementing Co. v. Walker, 329 U.S. 1, 67 S.Ct. 6, 68 USPQ 83 (1946))と似ていると思います。

 ハリバートン最判では、ファンクションでの記載(機能的な要件記載)のあるクレームが無効とされました。これがその後の特許法改正によって覆されて許されることになり、同時に実施例と等価なものに限定されるということになりました(今の112条6項)。今回の話もそういうふうに、製法限定説をとるとともに有効とするという法改正をするというのが、一つの対応策としてあり得るように私には思われました。

 ハリバートン最判については、パテント誌に説明を書いたことがあります、「ファンクションクレームの得失」という文章の序盤です。この文章は尻切れになっていることもあってウェブページには掲載してないのですが(そのうちやらねばと思ってもう何年にもなります、ハイ)、ハリバートン最判についての部分だけ、次に引用しておきます:


1.2 ハリバートン事件とその後の立法
 この条項は、最初、1952年改正において112条3項として設けられたものである。同項は、ハリバートン事件連邦最高裁判決(1946年)を契機として立法された。この判決は、原告特許のファンクション・クレームを無効としたものである。
1.2.1 事案
 ハリバートン事件で侵害が問題とされたウォーカー特許(Walker, USP 2,156,519)は、油田の原油汲み上げに関するものである。
 油井中の原油を効率よく汲み上げるためには、油液面に合わせた高さにポンプを設置する必要がある。このためには、液面がどこにあるかを測らないといけないが、これがなかなか難しい。このやり方として、音の反響時間を測定する方法が既に知られていた。しかし、当時の方法では精度に問題があった。
 ウォーカーは、精度に問題があるのは、油井中の音の速度が大気中でのそれと同一ではない(井戸の中の気体の成分や温度および圧力によって違ってくる)ことによることから、これを解決するべく、油井中の管の途中にある管連結部(tubing joint または tubing collar)からの反響を同時に記録して比較することによって油液面までの距離を正確に測定することのできる装置を開発した。問題のウォーカー特許は、これについてのものである。

[ウォーカー特許図面]

1.2.2 問題点
 ウォーカーによれば、管連結部からの反響をうまく記録するために、この反響の振動数に同調させた共振器をもうけるとされていた。明細書で説明された共振器は、音響工学的な共振をするもの(mechanical acoustical resonator)だった。しかし問題とされたクレーム中では、物理的な共振器とは限定されておらず、単に「同調手段(device for tuning 〜 to the frequency)」としていた。
 被告ハリバートン(Halliburton Oil Well Cementing Co.)の装置では、同様の機能を有する音響フィルターがたしかに備えられてはいたのだが、ウォーカーの明細書のものとは違いがあった。電気式のフィルターだったのである。しかし、ウォーカー特許のクレームを文字通りに読めば、これでも侵害が成立するはずである。

1.2.3 裁判所の判断
 連邦地方裁判所および同控訴審裁判所は、ウォーカーの特許は有効でありそれを被告は侵害したとの判決を下した。
 しかし連邦最高裁は、このクレームは、権利範囲の限定が不明瞭であって112条1項に違反しており無効であるとした。新規性の核心たる部分において、果たす機能によって限定をしているだけであるために、どこまでが独占されるのか、その範囲が定まらないというのである。最高裁は無効と判示するにあたって、「物理的構成」「物理的関係」「所期の機能を遂行させる態様」が記載されていないことを指摘している。
 ファンクション・クレームの問題点として考えられる事項には、2つの種類があるとの理解が可能であろう。一つは、クレームのカバーする範囲が広すぎるという場合であり、今一つは、範囲の広さはともかくとしてその限界が不明確という場合である。ハリバートン事件で問題とされたのは、上記のとおり基本的には後者である。これに対して、クレームの範囲が広すぎるとして無効だとしたものとしては、オレリー事件が広く知られている。オレリー事件で問題となったモールスのクレームは、その範囲は明確であるが、余りに広すぎるとして無効とされたものである。ファンクション・クレームの問題点を網羅的に考えるためには、こうした点についての考察も必要であるが、しかし、この時代の事件と現代とのつながりには、相当の曲折がありそれをすべて解説することは筆者の手に余るので、本稿ではこれ以上立ち入った解説は試みない。

1.2.4 立法
 1952年の特許法改正により連邦議会は、ファンクション・クレームを許容する旨の規定(当時の112条3項)を設けた。同項は同時に、ファンクション・クレームの解釈について規定している。
 この改正が、ハリバートン事件最高裁判決を契機としたものであることは一般的な認識であり([スミス])、少なくとも同事件以前において一般的に許されていたファンクション・クレームを認める趣旨のものであることは間違いない(同前)。もっとも、これがハリバートン事件判決を立法的に覆すものなのか、という点については、同判決がどこまでファンクション・クレームを否定するものであったと考えるかによって様々な理解がある。同判決がファンクション・クレームをそれ自体として否定するものだと理解するなら、立法的な否定をしたことになるが、同判決もある範囲ではファンクション・クレームを許容していたと解釈するなら、立法の意義もそれに応じて理解することになる。

4. PBPクレームを許す意義は疑問か(何の為のPBPクレームなのか)

 しかし。何のためにPBPクレームを使うのかということを考えると、別に立法までする必要は無いのですね。PBPクレームには、支持できる特有の意義があるわけではなく、今後のために使えるようにする必要は疑問です。

4.1 物同一では強力すぎる

 仮に、物同一での権利を認めるなら(実質的にも)、PBPクレームは強力な権利になります。プロパテントな制度を強く指向するなら、それもあり得る話とは思います。物質特許が認められることとの比較からすれば、それも然るべきとの考えもあります。

 しかし、物が何かの把握も出来ていないのに、それを独占してしまうというのは、ちょっとズルイだろう、という方が私にとっては腑に落ちます(上でも書いたように)。そういう意味で、高裁の結論の基本的なところ(原則的に不真正とし、その場合に製法限定とする解釈)は、中庸を得ていて妥当だったように思えます。

 この観点では、高裁についても最高裁についても、その、例外的な扱いの議論には疑問を感じます。PBPでない書き方が出来ないという場合に、高裁は真正として物同一の権利範囲を認めるとし、最高裁は特許が有効であり得るとしています。この話には、もちろん、分かるところはあります。それしか出来ないのだから、そうすることを咎めるようなことはしない、ということですね。一種のバランス論としても理解可能です。PBPクレームはプロパテント過ぎるので、無限定に許容するわけではないが、或る程度は許す、ということで中庸を目指しているのでしょう。

 しかし、この、出来ない場合というのは、物としての把握が(ますます)出来ていない場合です。そういう場合に、物自体を独占してしまうのを許容するのが適切なのでしょうか? 私にはこれは違うように思えます。そういう場合にも、別にPBPクレームを許す必要があるわけではないですよ。

4.2 製法限定なら特に意味は無い

 製法限定になるなら、製法クレームと実は結果は同じです。製法クレームについては、特許法2条3項3号が「物を生産する方法の発明にあつては、前号に掲げるもののほか、その方法により生産した物の使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」と規定しているので、「生産した物」の使用や譲渡などが実施行為とされる結果、物をクレームするのと変わりが無いことになるからです。だから、今後について言うなら、別にPBPが必要なわけではなく、特に法改正をするまでの意味は無く、製法クレームを使えば良いだけです。

 むしろ問題は今までの特許です。それに対しては、法改正をしたからといってどうなるのかというのは非常に微妙な問題なりますね。遡及効を認めてよいのか、難しい問題です(これを遡及効と言うかどうかも問題です)。もっとも、今回の最判の方がむしろ遡及的でそのために不当な状況であると、被害を受ける特許権者なら主張したいところだとは思いますが。

5. 訂正の可能性 (製法限定文言の付加はありか)

 この最判により殆どのPBPクレームは無効と言われそうであり、訂正による対処を検討する必要があります。

5.1 製法クレームへの訂正の問題

 PBPクレームは、製法限定の解釈をとるなら、製法クレームと同じ権利内容になります(上記の通り特許法2条3項3号がありますから)。だったら、この最判による無効を避けるために、製法クレームに訂正すれば問題なさそうです。千葉補足意見はそれを示唆しています。

 でも、少なくとも現行の審査基準では、そういう“物から方法への訂正”は、許容されていないのですね。カテゴリー変更として、訂正が許されない「変更」に該当してしまうと言うようです(審査基準をグーグル検索すると、現在は掲載されてないようです、改訂中なのでしょうか。キャッシュへのリンクをしておきます)。その審査基準をなんとかするのが適切なようにも思うのですが、現状で当事者としてはこの訂正はなかなか難しいことになりそうです。審査基準がある以上は特許庁ではダメでしょうし、裁判所でもどうなるか見通しは不明です。

5.2 製法限定文言を付加する訂正の可能性

 それでその後に考えて“あり得るかな”と思っているのは、“本当に製法限定にしてしまう訂正”です。方法に変える訂正はダメでも、最判を考慮に入れてもなお製法限定と解釈できるように、そういうふうにクレームに限定文言を加えるということです。格好の良い言い回しが今のところ出来ないでいるのですが、〜そういう物の中でもこの製法によって作られたものだけ、という趣旨の言葉を加えるということです。

 これなら、要件を加えるのであり、現実に狭くなるのですから減縮訂正と言えそうに思えます。また、物同一の権利範囲でなくなるわけですから、最判の言う無効理由は解消するはずです。(ただし、6で後述のように、物同一の中での不明確との議論の可能性もあるかも知れません、この点については6.5で。)

 これはどうでしょうか? 今のところ、良さそうに思っています。というか、他に名案が無いですし。

 この案の問題(の一つ)は、本当に製法限定に解釈されるように出来るのか、ということです。PBPクレームを最判は物同一で解釈するとしたわけですが、その理由付けは結局、“物がクレームされている以上は物として同じ物には及ぶ”ということのように見えます。そうすると、製法限定にしようとしても、クレーム対象が物であれば変わらない、とされる可能性もありそうです。

 実際、“これこれの製法でつくった物質”というのでは、ダメなわけです。それはPBPクレームとして、既に当然にそう書いてあるのですから。そう書いてあるのに物同一と言われているわけです。これ以上に明示する必要があるのですが、端的な言い方でそういう意味になるフレーズというのは、どうも良いアイディアが無いです。“これこれの製法でつくった物質で、現にその製法でつくったものに限る”とでも言えば良いのでしょうか。でもこれ、なんかヘンですね、前半で既に製法で規定しているので、同じことを繰り返しているだけのように見えてしまいます。「限る」と言えば趣旨が分かるから良い、……のかな?

5.3 訂正前の問題特許は無効なのか

 本稿の本論とはちょっと外れますが、こうした訂正による対処を考えていると、改めて考えさせられることがあります: 無効理由のある特許はその現状で無効なのでしょうか? また、訂正で対応できるという場合に、未だ訂正していない時点では、その状況を何と理解するべきなのでしょうか?

 一般的な理解では次の様でしょう: キルビー最判以降、無効理由があるとそれが抗弁になる、でも、訂正で対応可能なら、まだ現実には訂正されていなくても、それが再抗弁になって権利行使可能、と。この訂正の点は、最判自体が訂正で対応できるなら良いかのように言っていました(「特段の事情」として)。それが、104条の3として無効の抗弁が条文化された後にも踏襲されているわけです。この結果、権利者側が訂正で対処できる問題であるなら、そもそも無効主張をする意義が無く(どうせ対処されてしまうだけだから)、するまでもない、ということにもなります。これは、上手く働くなら、名人同士が見切っているかのようなもので、無駄な手続をせずに済んで良いことのようにも見えます。

 しかし、技術的範囲との関係で被告のものの該当性が微妙な場合などは、却ってなんとも錯綜した状態ともなりかねません。訂正されていないのに、訂正を想定してその後の技術的範囲に該当するかを検討するべきでしょうが、まだ現になされていないことなどからどういう訂正になるかなどについて色々と可能性を考えないといけないことになってしまい、複雑で妙な議論にもなりそうです。そもそも、訂正がされていない現状でその特許は有効なのでしょうか、無効なのでしょうか。

 この点は、104条の3の条文は「無効にされるべきものと認められるときは」と言っているのであって、まだ無効ではないのでしょう。あくまでも、無効審決によって初めて無効となる、ただ、104条の3により、抗弁が出来る状態である、ということかと。しかし、本当に素直に言うなら、現に無効だから主張できるのが無効の抗弁であるはずです。妙な規定のようにも思います。

 米国では、こんな議論をわざわざしているわけでもないので(と思います)、必ずしも明らかではありませんが、無効理由のある特許(クレーム)は無効です。訂正(再審査での補正や再発行)で対処できるというなら、それをしておくのが当然で、そうでないのに対応できるというので権利主張とか、あり得ません。また、そういう訂正で対処とかの内容にあたることは、予め従属クレームとして用意しておくべきものとされます。これは、当たり前と言えば当たり前です。

 また、再審査での補正などの場合には、元は無効だったのなら補正前の侵害責任が無いのは当然として、補正後について中用権(intervening right、35 U.S.C. §§ 251 and 252)が発生し得ます。補正後についても侵害責任が生じない(ことがある)のです。たとえば http://www.fr.com/patent-reexamination/ 参照。日本での訂正が遡及効ありというのは、そういう制度と比較して見るとむしろ問題です。元は無効だったものを補正した後になって有効で侵害だったとして、当時の侵害責任まで問うことにもなりかねません。なので余り自由に訂正させるのはいけないとの考えにも繋がります。それで良いのか疑問があり得ますが、こうしたことは、この場面だけではなく、特許成立前の状況についても同様のところがあるので私のこの文章で書いたように)、この点だけを取り上げるのも失当なのかも知れません。

6. 物同一とは何か

 訂正での製法限定とかを考えていると、さらに、物同一というのはそもそも何を意味するのか、どうもよく分からなくなってきます。

6.1 作ろうとした物と現に出来(てい)る物

 本件においては、作ろうとしたものについては、確かに同じ物質と理解されます。しかし、現に出来ている物に注目するなら、製法が違った場合に同じと言えるかは疑問です。

 すなわち。本件明細書において作ろうとしたものは、プラバスタチンナトリウム、或いは、プラバスタチンラクトンなどの混入の少ないプラバスタチンナトリウム、ということと思われます。クレームも、開示された方法(その主要な段階が示されて、それらを含む方法として規定されている)によって製造される、混入物が一定の割合未満のプラバスタチンナトリウム、です。それで、被告の方法は規定とは違うものの、それによって出来た物は、物としては混入物規定などには該当するもので、そういう意味でクレームの製法での物と、物として同一なのでしょう。

 しかし、現に出来ている物(出来る物)を、その不純物などを含めて厳密に考察するなら、話は違ってくるものと思います。クレームの製法では、「有機溶液」から「アンモニウム塩として」得ることで精製します。この際には、そのやり方に特徴的な不純物組成が残るのではないでしょうか。被告の方法は、水溶液を使うものとのことであり、そこには自ずと相違がありそうです。ここに着目したなら、物としても違うということになるように思われます。

 本件のような、製剤がクレームされている(と解される)場合には、不純物がいかにも問題となりそうですが、たとえば、上記の千葉補足意見で言及されている判例での特許のように、設計の仕方の場合は、そうは行かなさそうです。それでも、誤差の現れ方などに、違いが生じるかも知れません。

6.2 物同一でも限定し得るのかも (製法限定と同じにもなるか)

 製剤のような場合には、実は、物同一説でもその範囲を方法限定説と同じことにも出来るのかも知れません。

 現実の物については、製法の痕跡のようなものがあるはずです。犯罪捜査において残された物から行為を判断するようなイメージで言ってますが、そうした痕跡のようなものまで含めて考えるなら、物からその製法を判断できるはずです。これはすなわち、製法が違えば、そうした点においては、物自体が違うということにもなり得る、ということです。

 物として同一というのは、一般的には、そこまで同じであることを必ずしも求めるわけではありません。最判の言い方では「当該物と構造,特性等が同一である物」ですが、この「構造,特性等」としてどこまで細かい話を取り上げるか、という程度問題が存在します。ここで製法を特定することになるような「構造,特性等」を取り上げるなら、結果として、その製法に限定することになるはずです。このように考えるなら、物として同一なら良いとしつつ、製法の規定が物を介して働いて(その「構造,特性等」を限定するというかたちで)、製法限定説と同じことになる、ということも可能かも知れません。

6.3 本件のクレームと物同一

 改めて見ておきますが、本件のクレームは、次の通りです:
「次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして
e)プラバスタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」

 まず、このクレームは、単に特定のために製法に言及しているとは、まったく解され得ないクレームだと思います。結語として「プラバスタチンナトリウム。」となっているのですから、物としての特定のために方法を規定する必要はありません。これでも、物のクレームである以上は物として同一のものに及び製法自体での限定は無いというのが本件最判ですが、これは余りに哲学的というか、妙なものではないでしょうか。しかし、そういうクレームだというのに、物クレームだから物同一だ、としてしまった最判ですので、非常におかしいとともに、またおかしいからこそ、極めて強力、との理屈にもなります。これは理論的には、逃れるのが極めて難しいです。

 また、結語としては「プラバスタチンナトリウム。」となっていますが、混入物についての規定もあることからすると、混入物も含めての「プラバスタチンナトリウム」の製剤がクレームされていると理解されます。

 ならば、有機溶液による方法ではなく、水溶液法による被告の製剤は、クレームされた通りに作った物とは物として違う、ということになりそうに思います。

 今回の最判の結論は、破棄差戻ですが、そこで命じられている事項は、技術的範囲の確定と明確性(特許有効性)の判断の両方です: すなわち次の通り、「そして,本判決の示すところに従い,本件発明の技術的範囲を確定し,更に本件特許請求の範囲の記載が上記4(2)の事情が存在するものとして『発明が明確であること』という要件に適合し認められるものであるか否か等について審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。」

 そうすると、差戻し審で非侵害という判断になる可能性はありそうです。

6.4 射程を限定できるかも

 こういう議論をすることで、最高裁判決の拘束(無効の点の)を逃れることができると良いな、と思っています。

 ただし、微妙な話ではありますね。むしろ、理屈を考えると無理があります(自分で言っておきながら、ですが)。なぜなら、最判は、PBPクレームは原則的に無効としており、それは被告の物がどうであろうと関係の無い話だからです。最高裁判決は、被告の物が物として同一であることを前提としていると明示しているわけではありませんが、そこが違うので及ばない、という議論は出来るようにも思いますが、しかし、それで原則無効との点を変える議論は難しいです。

 しかも、本件のクレームは、いかにも、限定のための製法の規定と見えるものです。最判はそうしたクレームでも物同一説をとるとし、それで無効としました。

 なおそれでも、一般的には物同一説とするクレーム解釈を前提としての無効、という捉え方は可能なようにも思います。それに対して、事案のクレームは不純物の点から他製法の場合を区別するものだ、という議論をして違う話だとすることも出来るかも知れません。

6.5 不明の内容をなす可能性もあるか

 もっとも、こうした考察をしているうちに、これは、今回の最判が原則的に明確性違反としたことを支持する話にもなり得ることに気付きました。上記2.4で言及の「不明」の内容ですが、製法限定かどうかが不明という意味に見えるものの、さらに良く読むと、その前の部分だけでの問題というのもあり得るようにも思われてきます。すなわち、「当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか」自体が不明、ということです。クレーム中に記された「製造方法」は、「構造若しくは特性」を表すものであり、それに合致するものだけが侵害とされます。物同一説の場合、「製造方法」はそれ自体に合致している必要はありませんが、このように「構造もしくは特性」を介しての限定の働きはあるわけで、その結果としての限界が問題となり得ます。

 確かに、不純物などを含めて考えると、同一物かどうかは極めて微妙な話になります。そのために、どういうものまでが該当なのか、よく分からないとすら思われます。そうすると、この点が不明であり、もって明確でない、という無効論もあるかも知れません。

 こうした説明をすることで、最判の射程を狭めることに役立つと良いと思うのですが。すなわち、こうした説明が当てはまる場合だけが、無効とされるべき、というような。。……でも難しいですね、物同一に及ぶこと自体で明確性に反することになるような判示ですから。

6.6 訂正での対処への影響

 また、こうした点での特許無効の可能性を、訂正での対処を検討するに当たっても考えておく必要がありそうです。訂正後のクレームでも無効理由が残ったのでは、趣旨を達しませんし、そもそも訂正審判では訂正が出来ません(独立特許要件がありますから)。

 基本的には、製法限定になるなら、こうした点でもOKになると思います。ここで取り上げたのは、物同一の範囲が不明かも知れないという問題ですが、製法限定ならそれよりも狭いところで確定するからです。

 もうちょっと敷衍して言うと、こういうことです。最判は、物として同一の範囲に及ぶとしましたが、その「同一」がどこまでかが問題なわけです。クレームには製法が書いてあり、それで出来る物と同一ということではありますが、その「同一」が問題です。最判の言い方では「当該物と構造,特性等が同一である物」であり、どういう「構造,特性等」について「同一」が必要とされるのか、どこまで一緒の必要があるのか、決まらないので問題だ、ということです。ここで、製法限定になるなら、この「決まらない」の中の最も狭いところに確定するはずだ、と思われます。製法の規定から導かれる「構造,特性等」が色々あり得る中での問題なのですから、その元の製法自体が規定されたそのものに限定されるなら、それが一番狭いはず、ということです。

 そうは思いますが、若干のスッキリしないところというか、議論の余地はあるのかも知れないなあ、というところはありますね。

7. 影響の大きさ(意外な物までPBPクレームとされて無効になるかも)

7.1 特許庁の方針

 特許庁の今後の方針が、次のアドレスで説明されています、平成27年7月6日付けの「プロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する当面の審査・審判の取扱い等について」です: https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/product_process_C150706.htm https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/pdf/product_process_C150706.pdf

 基本的には、とにかく最判の言うとおりにしようということと見えます。それは当然と言えば当然ですが、妥当性に疑問のある最判だけに、不必要に広く従おうとしているようにも見えて、問題を感じます。どういうクレームが影響を受けるのかについて、なかなかよく考えられているようで、その結果としてそれが広くなっているように見えます、随分と意外なものにまで及ぶような印象なのですね。この方針に従うと、経時的な記載が一部にでも存在するとPBPクレームだということになります。そう言われればそうあるべきとの理屈は分かります。しかし、これを文字通りに適用しようとすると、ちょっと困ったことになりそうです。

 pdfの方の別紙1を見ていると、案外に色々なものがこれの一種とされそうなのだと気付かされます。「○ 「その物の製造方法が記載されている場合」に該当する類型・具体例」として、次の様にあります:

「類型(1−1):製造に関して、経時的な要素の記載がある場合
具体例:
「支持体に塗布し、液晶相に配向する温度で光照射してなる偏光子」
「凹部を備えた孔に凸部を備えたボルトを前記凹部と前記凸部とが係合するように挿入し、前記ボルトの端部にナットを螺合してなる固定部を有する機器。」
補正例:
「支持体に塗布し、液晶相に配向する温度で光照射してなる偏光子の製造方法
「凹部を備えた孔に凸部を備えたボルトが前記凹部と前記凸部とが係合した状態で挿通されており、前記ボルトの端部にナットを螺合してなる固定部を有する機器。」(経時的な要素の記載がなくなり、「類型 (2):単に状態を示すことにより構造又は特性を特定しているにすぎない場合」に該当。)」

 1つ目の光配向は、初見では“こんなのもそうなの? ”と一瞬は思いましたが、まあ、言われてみれば製造方法が本質的な内容のようではありますね。

 2つ目は、正に、余りにも当たり前の装置クレームでも問題があるように言われているように思われ、驚きました。普通の装置のクレームです。でも、指摘されてみると確かに、「挿入し」などの作り方が書いてあって、その上でものをクレームしているのであり、PBPクレームと言い得るとは思います。これがPBPクレームだとすると、今回の最判によれば無効になってしまうわけで(他の書きようがもちろん可能ですから)、大変です。

 そして、こう補正しろと言っているわけですが、なんか、大した違いはないような感じです。補正後でも、「螺合して」は残っていますが、それは良いのでしょうか? そもそも、「挿通されており」の方も、これなら良いというのが分かったような分からないような。。

 また、2つ目は、成立後でも無効理由にはなるという積もりなのでしょうかね? たとえそうだとしても、訂正は出来る、ということかとは思いますが、そうなのでしょうか? 訂正できれば問題無いことになりそうです。どう対処したら本当にOKなのか、結構難しいようにも思われます。

7.2 他の例

 たとえば。例の均等侵害を認められた(でもその後に無効となってしまった)件のクレームは、次の通りのものです(既に無効になってしまったので(これは大変に不本意ではありますが)、こういう例に取り上げやすいです):

「 本件特許請求の範囲の記載
【請求項1】
 筒状混合液タンクの底部周端縁に環状枠板部の外周縁を連設し、この環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし、この第一回転板を軸心を中心として適宜駆動手段によって回転可能とするとともに前記タンクの底隅部に異物排出口を設けたことを特徴とする生海苔の異物分離除去装置。
【請求項2】
 前記第一回転板の表面を回転中心から周縁に向かうに従って下がり傾斜にしたことを特徴とする請求項1の生海苔の異物分離除去装置。」

 上で引用したように、特許庁は、「係合するように挿入し、前記ボルトの端部にナットを螺合してなる固定部を有する機器。」を直して、次の様にしろと言っているわけですよね: 「係合した状態で挿通されており、前記ボルトの端部にナットを螺合してなる固定部を有する機器。」(経時的な要素の記載がなくなり、「類型 (2):単に状態を示すことにより構造又は特性を特定しているにすぎい場合」に該当。)」

 この特許庁の言うところに従うなら、「...排出口を設けたことを特徴とする」は良いとしても、「...連設し、...内嵌めし、」はダメ(=それの故にPBPクレームとされてしまう)となりそうに見えます。ごく普通の装置クレームだと思うのですが。。 ここを、「連設されており」「内嵌めされており」とするべきなのでしょうか? そのように訂正すれば良いのでしょうか? そういう訂正が出来るなら良いようなものでもありますが、また、訂正が必要だとすると、それはそれで無駄な話のようにも思われます。

7.3 色々と無効になるクレームがあるのか

 上記のような例までを考えると、意外なほどに多くの特許(クレーム)が、無効とされることになります。しかしまた、そういう、ちょっと意外なものについては、まず間違いなく訂正で対処できそうです。そうすると、この話は、余計な手続の必要を生じさせただけで、実質に変化を与えないのかも知れません。

 しかし、ネゴをメインに考えた場合には、時間稼ぎや訂正ミス誘発にも大いに意味があることにもなります。そういう意味では、権利者不利のファクターが一つ生じたとは言えそうです。

 また、こういう余計な手続的な事項が発生するのが良いこととは思えません。律儀に対応すると、無意味な訂正が無数に請求されることになります。非常に非生産的です。

 この関係では、無効の抗弁の在り方との関係で興味深い点があるようにも思います。5.3で書いたように、無効理由があると無効の抗弁が認められるわけですが、訂正で対処できるなら、それが再抗弁になると考えられています。これはなんとも、複雑な話になっており、無駄な話のようにも思いますが、これのためにどうせ訂正があるとなればそれを前提としてのネゴなども理屈が通るとも言えそうです。

 米国流だと、少なくとも、訂正できる旨の再抗弁とかは無いです。現状で無効なものは実際に無効なんですから。だから、権利行使の前に、問題があれば再発行なり再審査なりで解決しておくわけです(そうしても、中用権が発生することがあります)。そうすると、話はシンプルですよね。でも、上の方で書いた「内嵌めされており」にするみたいなのを事前にやるとか言うのは、非現実的だと思います。。その意味では、この日本の現状には、予定調和しているところもあるのかも知れません。さらに、技術的範囲についても、クレーム文言通りが強いですから、シンプルにしようとしていると思います。

8. リンク

コメントのページのリンクを記しておきます:

小松先生、事案の経過がコンパクトに説明されています:
http://www.komatsulaw.com/jpn/hanrei/titeki/document/20150615komatsu_h27.6.5saihan.pdf

アンダーソン毛利、英語の説明があります:
https://www.amt-law.com/pdf/bulletins6_pdf/IPETN2015-2.pdf

ユアサ事務所、ベーシックな説明が読みやすいです:
http://www.yuasa-hara.co.jp/lawinfo/2182/

創英:
http://www.soei.com/blog/2015/06/16/プロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する/
http://www.soei.com/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%80%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%BB%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B/

創英ヴォイスの長谷川先生の文章:
http://www.soei.com/wordpress/wp-content/uploads/2015/04/長谷川視点.pdf
http://www.soei.com/wordpress/wp-content/uploads/2015/04/%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E8%A6%96%E7%82%B9.pdf
 この文章には、今回の最判は、知財高裁の設樂所長(現所長)の意見に近いとの指摘がありました。無効にしてしまうところまでがそうかは疑問ですが、PBPクレームに批判的なところは確かにありますね。特許判例百選第4版の「物の特定を直接記載することが不可能ないし困難である場合にのみ、PBPクレームを特許するとの実務に変えていく」との言葉が引用されており、これの採りようによっては、その場合以外を無効にするという今回の最判の話にもなります(でも、無効にするのを想定していたのでは無いと思うのですが、そうなるとの理屈も。また、先日の東弁の研究会で設樂所長の講演を伺ったのですが、そう言えば、最判について必ずしも批判的ではありませんでした、それには色々事情もあるし、そもそも最判は批判するものではないよなと思ったのですが、それ以上の理由もあったのかも知れません。

明成国際特許事務所、対応についての検討がされています:
http://www.meisei.gr.jp/report/最高裁判決を踏まえたプロダクト・バイ・プロセ/
http://www.meisei.gr.jp/report/%E6%9C%80%E9%AB%98%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%B1%BA%E3%82%92%E8%B8%8F%E3%81%BE%E3%81%88%E3%81%9F%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%80%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%BB/

9. このメモについて

 このメモは、弁理士会の自主研修(米国特許法研究会)のメーリングリストに、2015年6月30日に投稿した文章を元に加筆しました。加筆に当たっては、メーリスへいただいたコメントも参考にさせていただきました(一部の内容を取り込みも)、ありがとうございます。


http://matlaw.info/pbpcsaihan.htm

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