Last Modified: 2024年01月23日09時13分 、ウェブ頁当初掲載: 2017年9月27日

AIAでのon-sale-barについてのメモ

By 松本直樹 
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 AIA(米国特許法の2011年改正)を見直す機会があり、条文中の on-sale-bar に関連した起草が、かなり妙であることに気付かされました。

目次

1. 現行の102条

 旧法(pre-AIA)では、102条(a)の新規性要求(規定としては障碍です)は発明時基準で、加えての障碍として(b)があり、これは出願前1年超の公知が非特許事由になるという規定でした。それで、自分による公知の関係では、発明時基準である(a)ではダメということは生じないので、問題は(b)だけであり、その結果、出願まで1年の猶予がある仕組みだったわけです。

 現行(AIA)の102条は、(a)で出願時点での新規性が必要であるとしつつも(それで先願主義移行と言われるわけではある)、(b)で広く例外を認めています。(b)は、いずれも出願前1年以内の、まずその(A)は自分での(または自分由来での)disclosureなら大丈夫、その(B)は自分の方が先に公表していたなら大丈夫、という規定です(なお、(a)にも(b)にも(2)があり、先願との関係を規定していますが、ここでは省略)。AIA改正により原則とされる(a)は基本的に変わったものの、新(b)の例外規定の結果、結局は1年の猶予ということで大きな変化は無い、という仕組みになっています。

 上記の通り現行102条(b)は、(a)の例外を規定していますが、(a)との要件的な関係が明示されてはいません。単に「(b) Exceptions. -」と始まって、見出し(これが本文を先取りする繰り返しのようで長いですが)の後、本文は「A disclosure made 1 year or less before the effective filing date of a claimed invention shall not be prior art to the claimed invention under subsection (a)(1) if - 」とあって(A)と(B)が来る、という規定です。コーネルの現行102条へのリンク、次に(b)(1)をコピペ:

(b) Exceptions. -
(1)Disclosures made 1 year or less before the effective filing date of the claimed invention. - A disclosure made 1 year or less before the effective filing date of a claimed invention shall not be prior art to the claimed invention under subsection (a)(1) if -
(A) the disclosure was made by the inventor or joint inventor or by another who obtained the subject matter disclosed directly or indirectly from the inventor or a joint inventor; or
(B) the subject matter disclosed had, before such disclosure, been publicly disclosed by the inventor or a joint inventor or another who obtained the subject matter disclosed directly or indirectly from the inventor or a joint inventor.

 この「disclosure」が何かが明示されていないのです。この点で、そもそも起草技術として問題があるのは、法改正の当時から指摘されていました。それでも、常識的に考えて(a)のことを包括的に受けていると解すれば問題無いと思われていました、私もそう思っていました。しかし、このたびの on-sale の点の解釈が示された裁判例をきっかけにして改めて考えてみると、この起草はそれだけでは済まない問題を抱えていると気付かされました。

2. on sale

 問題は、(a)(1)の中の on sale です。(a)(1)は次の様に規定しています:

(a) Novelty; Prior Art. - A person shall be entitled to a patent unless -
(1) the claimed invention was patented, described in a printed publication, or in public use, on sale, or otherwise available to the public before the effective filing date of the claimed invention; or

 「on sale」とある後ろに、「, or otherwise available to the public」とあるので、on sale も発明内容を公にするものに限られるべきではないか、という見解があります。これも内容的にはもっともなところがあります。しかし、文理的にはここは on sale を修飾してはいないと見えます。したがって on sale は単に on sale として解釈するべきことになろうと思われます。

 この点について、本年5月にCAFCの裁判例がでました。Helsinn Healthcare S.A. v. Teva Pharmaceuticals USA, Inc. (Fed.Cir. 1 May 2017) です。旧法の(b)の on sale と同じく、発明内容が開示されている必要は無い、と判示されています(他にもいろいろ争点はありましたが)

 (2022年11月加筆: 最高裁が、2019年1月22日付けでCAFCの上記判決を維持しています。最高裁のサイトのPDF )

3. (b)との関係はどうなるのか

 この結論は、旧法((b)において)にも on sale があったもので、それについての解釈を承継したという意味では、当然とも言えます。それを承知で立法されているのですしね。また、新法の(a)だけ見ている範囲ではそうおかしいこともありません。

 しかし、旧法の(b)とは位置づけが違うので、本当にこれで良いのかは疑問です。

 まず、新法での(b)との関係が疑問になります。上で書いたように、(b)は(a)の例外規定ですが、(b)自体では単に「disclosure」が自身由来で出願前1年内なら例外として救われるように書いてあるだけです。on sale が発明内容を開示しないものの場合、これを受けて「disclosure」と言えるのでしょうか。

 例えば次は、ちょっとググって出てきた解説ページですが、「Without Disclosing」で on sale となるとの解説なのです、それを(b)では「disclosure」として受けるというのは、文理的にはなんとも奇妙です:

https://patentlyo.com/patent/2017/05/heslinn-disclosing-invention.html
「Helsinn: Post-AIA Public Sales are Prior Art Even Without Disclosing the Invention」

 可能性としては、on sale は「disclosure」でないから(b)の例外で救済されない、ということも考えられないではありません。もしもそうなると、出願前に販売してしまうと、すぐに(1年以内に)出願してもダメ、ということになります、他の公表ならOKなのに。これはかなり妙な状況ですが、文理をもとにした理屈ではこれもあり得ます。

 しかし、(b)(1)(A)が、自身由来で出願前1年内なら(a)の全面的な例外であるとの理解は余りに一般的で、そこに疑問を差し挟むコメントは見当たりません。(b)がそういう意図の規定なのは確実ではあり、その結論には私も反対する積もりはありません。なお、この Helsinn v. Teva の事件においては、両当事者がこの点は争っていないとされています。

4. disclosure は早いのが優先のはずだが、 on sale は同様で良いのか

 On sale でも(b)による例外として1年は猶予されるだろうことは良いとしても、やはりこの妙な起草は、実質的な問題にもつながるように思っています。競合の場合の優劣について、on sale それも内容開示を伴わないものが早かったものを優先させて良いのか、という疑問です。

 AIAにおいては、競合する出願の間の優劣は、結局は、公開または出願の早かった者が勝ちます。両者ともに秘密を保っていた場合には、出願の先後に依りますが、いずれかが出願前に公開していた場合には、最先の公開または出願の者が勝ちます。(b)による例外になるのは、自分由来の公開だけですので、劣後する者の出願は非新規となるなどの結果です。

 この際に、内容開示を伴わない on sale をもって優先させて良いのか、大いに疑問です。開示していないのに優先させるというのは、世の中の技術の進展に資することをしていないのに、優先の立場を与えるものであり、制度趣旨に反するのではないかと思われるのです。

 旧法の(b)では、on sale を規定していても、こうした問題はありませんでした。旧法では、競合者間では先発明者が優先されるのであり、これについて on sale を含む旧法(b)の働く場面は無かったのです。旧法(b)の on sale は単に、“販売するまでになっていたなら、その時から1年のうちには出願をせよ”という要求に過ぎなかったものです。ですので、開示を伴わない sale であっても、こうした意味での1年を起算するのには十分だとの制度もおかしいことはなかったわけです。AIAでは公開のタイミングが優劣を決するのですが、旧法はそれとは違っていました。

(2022年11月加筆(掲載は2024年1月、それまでアップを忘れていました): 旧法でも、働く場面は無かったとばかり言うのは不正確であることに気付きました。内容秘密でのセールがあって1年以上経過後に、その者とは別の者が並行発明して出願した場合にどうなるか。この場合に秘密でのセールが特許阻害事由になるなら、別の者の特許取得を妨げるという点で、競合者間の優劣に影響を与えるわけです。この問題はどちらにも説明が付きます。売るまでになったなら1年以内に出願せよ、という政策的な意味だけを考えるなら、こうした状況での阻害は認める意味がありません。しかし、その者の特許取得の可能性とのバランスを考えると、阻害しても良さそうにも思われます。この問題は、働かないのが判例と説明されますが (だったと思います)、それほどはっきりしているわけでもないようにも見えます。)

5. 起草の問題

 どうもこのAIAの起草は、(a)に on sale を特に考えなく入れた、ということのように思えます。少なくとも、(a)と(b)の関係をよく考えていたとは思えません。

 それは、(b)で単に「disclosure」としていることでも明らかですが、on sale のような(a)の内容を見ると、なおさらです。日本の政府提出法案の場合の、内閣法制局による整合性の細かいチェック、のようなことはおよそなされていないことがよく分かります。

 これは大いに問題だとは思うのですが、しかしまた現実としては仕方がないのかも、とも思います。見解の対立する中で、それぞれの条項が調整されて、やっと立法に漕ぎ着けているものなのですよね、おそらくは。そうすると、その際に他の条項との整合性までを配慮するのは出来なくても仕方がないのかも知れません。日本の政府提出法案の状況とは大きく違う、ということかと。

6. 法改正検討についての服部先生のレポート

 次のページは、服部先生の2015年6月付けの文章ですが(本稿のドラフトを見ていただいた林先生から教えていただきました、どうもありがとうございます)、この時期の(b)項の法改正検討をレポートしていて、非常に興味深いです:

http://www.chizai.jp/IPnews/20150625WHDA_2.pdf

 このレポートの説明によると、(b)は他者の先願をも排除する点で従来と違うので、それだけの効果を持つには一定の要件を課す必要がある、という問題意識での法改正検討とされています(この問題は on sale の場合に典型的だろうというのが私の今回思ったことです)。それで、「印刷刊行物で公表する場合に上記グレース期間が発生」のように限定する趣旨で追加条項をもうけることを提案している、といいます。

 それでその条項としては、(a)であって、そして

「(ii) 上記(i)項に記載された開示の前で、且つクレーム発明の有効出願日の前の1年以内に、クレーム発明はカバーされる者(発明者、共同発明者等)によって印刷刊行物 によって 112条(a)の記載要件を満足して公表されていた場合。 」

に限るようにするとのこと。そしてその説明が次の通り:

「上記追加条文をより分かり易く説明すると、@第三者の開示(公表・公開等 (a)(1)、先願(a)(2)) が有効出願日前から 1年以内にあっても(102条(b)(3)(B)(i))、A第三者の開示の前に発明者 が有効出願日 1年以内に 112条(a)を満足して、印刷刊行物で公表していた場合(102条(b)(3)(B)(ii))、第三者の開示は 102条(a)の新規性の点でも、103条の自明の点でも先行技術 にならない、という規定である。 」

 これ、もの凄く分かりにくいと思います。「より分かり易く説明」とは思えません、見るからに目がチカチカします。内容についても、他者間の効果は限定するとして、でも(b)によるグレースピリオド(つまり自分の出願への効果)としての意味は認めるのでしょうけれど、その辺がかえってよく分からなくなりそうです。

 上の方で引用したように、「印刷刊行物で公表する場合に上記グレース期間が発生」のように限定する、とも言うのですから。

 この立法検討は、なんかとても深遠なような、いやそうではなくて単に間抜けな応急対策を重ねているような。。

7. おまけ: ペダンティックなことをちょっと

 DworkinがLaw's Empireなどで語るところでは、法の重要な内容として、integrity ということがあります。というか、「「純一性としての法'law as integrity'」理論は、法の本性についての現代の主導的な理解の一つである。」(ウィキペディア)ということで、このintegrityというのは、整合的にというか、一体的にというか、そういう話と理解しています。

 この話の理解が、今回の102の件をきっかけとして、私にとってはちょっと変わりました。元々の理解では、整合的にと言うだけだと、かなり当たり前の話とも思っていました。わざわざ言うほどのこともないというか。

 でも、前提がそうではないのですね。整合的というのは、当たり前ではない。少なくとも、元々当たり前ということはない。

 これは、判例法については或る程度は分かり易いです。過去の裁判例は、それぞれの事案解決のためのものであって、相互的ないし全体的にはそのままに整合的ということはない。むしろ後からそれらを取り上げる際に、整合的に理解するべきものです。そして、その整合的に理解するというのは、次の様なことになる: それぞれの射程を限定して理解することで矛盾を排する、そのために隙間が生じる、そこは整合的に補う、という操作が解釈において必要である、と。解釈はそういう操作を含むのだと(下に書くように、この補うところが“構成的”ということだと思うのです)

 制定法についても同様の状況を前提としているのですね、たぶん。

 制定法についても、制定法が網羅的でかつ整合的であるのを前提として、その前提のもとで解釈する(文字通り“解釈”する)、というものではないのですね。世界観として。

 制定法も、そのものとしては、それぞれの法律ないし条項が勝手に存在している。それでやはり、それぞれの射程を限定して理解することで矛盾を排する、そのために隙間が生じる、そこは整合的に補う、という操作を含むのが“解釈”だと。

 ウィキペディアには、次の様にもあります:

「ドウォーキンの理論は「解釈主義」と呼ばれ、法とはなんであれ、法体系の慣習的な歴史を構成的に解釈した後に得られるもの、とする。」

 この「構成的に解釈」(constructive interpretation)というのは、上記のように、そのものとしては勝手気ままな多数の条項、を前提としての話なのか、と再考しています。

 整合的に解釈するというのは、日本での法律の議論でももちろん重要なわけですが、前提が違うのかな、ということです(以上の話を裏返しで言うと)。日本でなら(少なくとも私の思うところでは)、整合的にする積もりで起草しているので、整合的に解釈することで(単に解釈だけで、隙間を見出してそれを整合的に埋める、というまでをしなくても)、起草時の「積もり」にも沿うことになる。

後記

2024年1月:  Last Modified: 2017年10月05日09時06分 で、「 4. disclosure は早いのが有利のはずだが on sale は同様で良いのか」としていましたが、「有利」というよりは、優先、というべきですよね、内容的に。そう直しました。本文中は元々そうなっていました。

 また、この4項の末尾に括弧書きを書いていたのですが、その後の版はアップしていませんでした。


http://matlaw.info/onsalebarmemo.htm
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