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「車両ナビゲーション方法」特許事件(東京地判平成14年5月30日)

松本直樹 (御連絡はメールでホームページの末尾にあるアドレスまで。)
 初出: 『サイバー法判例解説』(別冊NBLNo.79 平成15年4月)

ウェブページ掲載: 2003年5月26日

T 事案の概要

 カーナビでの位置検出につかう位置検出に関する方法をクレームした特許の侵害が主張された事件。発明内容は、GPSでの位置情報の不正確への対処のための、相対位置での地図とのマッチングに関係するもの。

 実際の内容についての侵害の成否が争われたほか、特許の有効性についても争われ、また、侵害と主張された機能を使わない場合もあり得るということも主張された。この最後の争点は、間接侵害の「のみ」の要件の関係になる。

U 判旨

 特許無効の主張に対して検討をし、まず、36条違反(記載不備)の主張については、これを排斥した。続いて分割違法を前提とする無効主張について判断し、この点で明白無効ゆえに権利濫用として請求を棄却した。明白無効以外の争点については判断を示していない。

V 解説

1 発明の概要と侵害主張・争点

 本件特許(特許第2722365号)の明細書によれば、GPSのような絶対位置を検出する手段に、相対モードによる位置検出を組み合わるというのが本件発明の主要内容である。

 ここで「相対モード」というのは、「【0004】2、相対モードによる推定位置を求める方法」によれば、「(1) 地図情報上の道路をアークとノードで表現した地図情報と走行情報との相関により移動体の推定位置を求める。(地図情報上の相対関係を表現するので相対モード又は、相対表示と呼ぶ。)例えば、所定道なり距離走行後に分岐点、変曲点が有ることを想定しその付近での針路変化からどの分岐を選定したかを判定するもの。」と説明されている。この上で、【課題を解決するための手段】として、「車両の絶対位置検出情報及び/又はタッチパネル等からの地名表示及びエリア表現により、絶対モード地図情報上の絶対位置情報を検出し、該絶対位置情報に対応する相対モード地図情報と走行情報で、相対モード地図情報上の推定位置を相対モードにより確定する。」と説かれている。

 本件特許では、こうした「方法」がクレームされているところ、被告はカーナビのメーカーである。原告の主張は、被告装置のとる位置検出方法が本件発明の方法であるとし、「発明の実施にのみ使用する物」に該当するとして、特許法101条2号の間接侵害にあたる、というものである。

 被告は、主張される位置検出方法も権利侵害にあたらないと主張し、またその方法以外での位置検出をするモードもあるから(たとえ権利範囲を原告主張のように解釈しても)間接侵害にあたらないとも主張した。さらに、明白無効(ゆえに権利濫用)を主張した。

2 権利範囲の解釈と侵害の成否(各モードの地図について)

 被告の基本的な非侵害主張は、採用している位置検出方法自体がクレームされているものとは違うというものである。クレームでは、相対モードの情報を絶対位置情報と照合するについて、「各アークの分岐関係を含む情報を有する相対モード地図情報と,該相対モード地図情報の各アークに対応づけられた絶対位置情報を有する絶対モード地図情報に基づき,前記絶対位置情報に対応する絶対モード地図情報上のアークを検索し」というやり方を採ることが規定されている。

 被告の主張によれば、被告装置の地図情報は、相対モード地図情報と絶対モード地図情報とが分断された形のものではなく、一体化したものしかない、という。

 判決では、この点の判断は示されなかった。評者には、被告の主張がかなりもっともなものに見えるが、判断のためには、発明の価値について先行技術状況などを十分に考慮に入れて検討する必要があろう。そうした点で、むしろ無効の判断の方が訴訟経済に適うというのが裁判所の判断であったものと思われる。

3 間接侵害の問題

 被告はまた、他の位置検出モードの存在を理由とする間接侵害を否定する議論も主張した。たとえ原告の権利範囲解釈を前提とした侵害主張を仮定しても、被告のカーナビの使用においては他の位置検出モードがあるとして、特許法101条2号の「のみ」にあたらないとの主張である。

 原告はこれに対して、機能が追加されたことによって侵害が否定されるのはおかしい等の反論をしている。

 この被告の議論は、ソフトに関しての「のみ」の問題の典型例よりは、大分ともっともな主張である。方法発明に基づいて、プログラム媒体が侵害品だと主張する場合だと、その媒体に他ソフトも収められているというだけで、それが対象のソフトと無関係でも、間接侵害が否定される可能性があるとされてきた。これでは、ソフト媒体は多機能が普通であることから、いかにも侵害となる場面が限られ過ぎる。

 これに対して本件の議論は、カーナビ自体の使用法として、侵害と主張される位置検出と違う手法があるとしての非侵害主張である。仮にこうした装置なのであれば、これまでの間接侵害規定は客観的にのみ侵害を定義しているものであるから、それは侵害品とされるべきではないように思われる。

 こうした問題が提起されていたものの、判決は明白無効で権利濫用との点で請求を棄却し、この点についても、機能装備の事実認定の点を含めて、判断は示さなかった。

4 間接侵害と平成14年改正

 このようなソフトと間接侵害の問題については、特許法の平成14年改正で対処がなされている点があるので、これとの関係を見ておく。

 平成14年改正では、他のプログラム関連の改正と並んで、いわゆる間接侵害を規定する101条が改められた。侵害とみなされる行為として、物の発明について二号を新設し、旧法二号を新法三号とし、方法の発明について四号を新設した。ここで関係があるのはこの四号であり、「方法の発明」について、「その発明による課題の解決に不可欠なもの」を「特許発明であること」と「発明の実施に用いられること」を知りながら生産などすることを侵害としている。

 この法改正は、ソフトの発明について間接侵害の構成を取る必要があるところ、ソフトは多機能であるため、「のみ」の要件が問題となる、との議論に基づいている(産業構造審議会知的財産政策部会「ネットワーク化に対応した特許法・商標法等の在り方について」平成13年12月、33頁、など)。もっとも、過去にこの要件の関係で排斥された事例が本当にどれだけあったかは、はっきりしないところがある。

 本件の特許権でも、平成15年1月1日以降になれば改正法による間接侵害の主張が可能になると見られる(101条の改正の施行日は、法の公布日から1年以内で政令で定める日とされているが(法附則第1条の1号)、平成14年政令第306号により平成15年1月1日に施行された。他には特に経過規定はないので、対象行為がこの施行日以降であれば、改正法によることになる)。しかし、「その発明の実施に用いられることを知りながら」の要件があるから、本件のように「地図情報」について違いがあって本来的に非侵害だと考えている場合には、それで特に侵害成立の可能性が高まるものではないと思われる。そうしてみると、悪質な侵害事件にはもちろん適用の可能性はあるが、典型的な侵害被疑事件については、新法の適用される場面はかなり限られるように思われる。

5 分割違法

 裁判所は結局、無効主張についてだけ判断し、その中でも36条違反(記載不備)の主張については排斥して、分割違法(「前記アークの分岐関係を含む地図情報パターン」という構成が原明細書等に記載されていないため)により出願日が繰り下がるとして明白無効ゆえに権利濫用で請求を棄却した。また、本件特許に対しては既に平成13年10月16日に同じ理由で無効審決がくだされている。

 本件判決の後、6月4日に無効審決に対する審決取消訴訟の東京高裁判決が出ている。審決を取り消したが、やや複雑な状況にある。高裁判決によれば、この無効審決は、約3ヶ月の間隔をおいて請求された2件の無効審判請求(請求人はいずれも侵害訴訟の被告)を併合審理したうえで下されたものであるが、審決中の判断としては、1つ目の無効審判請求の請求理由についてだけ判断し、それによって特許を無効として、2つ目の無効審判請求の請求理由については必要がないとして判断を示さなかった。

 右の審決取消訴訟は、この2つ目の無効審判事件に対するものである。高裁判決は、単に併合審理されただけで事件として1つになったわけではないのだから、そこで主張されている無効理由についての判断を示すべきであったとして、審決を取り消した。論旨はよく分かるが、実益には疑問のある話である。問題は、1つ目の審判請求についての無効審決がどうなるのか、である。

 (本文脱稿後の平成15年2月27日、1つ目の無効審決に対する取消訴訟について、請求を棄却する判決がくだされた。)

以上

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