H14. 7.18 名古屋地裁 平成11(ワ)2311 特許権 民事訴訟事件

平成11年(ワ)第2311号 特許権等侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日  平成14年6月27日
                     判          決
        原       告   シ ン ポ 株 式 会 社
       同訴訟代理人弁護士   高   橋   美   博
            同補佐人弁理士          西   山   聞   一
             被       告      ジョイテック株式会社
       同訴訟代理人弁護士      古   田   友   三
             同           山   田       徹 

             同           高   橋   譲   二
       同補佐人弁理士          土   川       晃
                      主          文
 1 原告の請求をいずれも棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。
                      事実及び理由
第1 請求
 1 被告は,別紙製品目録記載の全製品((1)ないし(6)
)を製造し,販売してはならない。
 2 被告は,上記全製品を廃棄せよ。
 3 被告は,原告に対し,金1億5120万円及びこれに対する平成11年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   本件は,多目的ロースターの特許権,ロースターにおける立消え安全装置等の実用新案権及びロースターのプレートについての意匠権を有する原告が,被告に対し,その製造販売する多目的ロースターが上記各権利を侵害すると主張して,特許法100条1項,2項,実用新案法27条1項,2項及び意匠法37条1項,2項に基づき,被告製品の製造販売の差止め及び廃棄と,特許法102条1項,実用新案法29条1項及び意匠法39条1項に基づいて算出した損害賠償の支払を求めた事案である。

 1 前提事実等(当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実)
  (1) 原告は,以下の特許権,実用新案権及び意匠権の権利者である(以下,アないしエの権利を個別には「甲特許権」,「乙実用新案権」,「丙実用新案権」,「丁意匠権」といい,総称して「本件各権利」という。また,これらに係る発明,考案及び意匠を「甲発明」,「乙考案」,「丙考案」,「丁意匠」と,これらに係る明細書を「甲明細書」等という。)。
     ア 甲特許権
       発明の名称   多目的ロースター
       出願日     昭和58年3月24日
       出願公告日   平成2年7月31日
    登録日     平成3年6月28日
       登録番号    第1608334号
       特許請求の範囲 別紙(1)のとおり
     イ 乙実用新案権

       考案の名称   ロースターにおける立消え安全装置
       出願日     平成元年1月20日
    出願公告日   平成7年5月24日
    登録日     平成8年2月21日
    登録番号    第2106398号
    実用新案登録請求の範囲 別紙(2)のとおり
     ウ 丙実用新案権
    考案の名称   セラミック炭ロースター
    出願日     昭和62年11月19日
    出願公告日   平成5年6月14日
    登録日     平成6年3月23日
    登録番号    第2012006号
    実用新案登録請求の範囲 別紙(3)のとおり
     エ 丁意匠権
    出願日     昭和61年2月13日
    意匠に係る物品 ロースターのプレート
    登録日     平成元年9月13日

    意匠公報発行日  平成元年12月14日
    登録番号    第777252号
    登録意匠の構成 別紙(4)の「意匠公報」に記載のとおり
   (2) 甲発明,乙考案及び丙考案の構成要件並びに丁意匠の構成は,それぞれ以下のとおりである(以下,それぞれの構成要件等を,冠された符号を付して「構成要件A」等のようにいう。)。
     ア 甲発明
    A ロースター本体に吸引作用される円筒状の外箱と該外箱の内部に所定間隔の吸引流路を有する様にして円筒状の内箱を取(り)付け,
    B 該内箱の上端は外箱の上端より低く形成し,
    C 又外箱の上方開口部を被冠閉塞する閉塞枠体と,該閉塞枠体より内箱の上部周囲に接して垂設された周壁より成る円形状のトッププレートを外箱と内箱間に載置し,
    D トッププレートの周壁には吸気孔を貫設形成し,

    E 又内箱の上端開口部に突片を突設し,該突片上にオイルパンであるプレート外周縁部に周設された鍔部を載置し,該鍔部と内箱壁面により環状の段部を周設し,
    F 又プレートの中央部にバーナーを収容し,
    G 一方前記段部(E)に対応する円形同大に形成し互換性を有する様にしたスリットを穿設した平板円形状のロストル及び五徳を装備してそのいずれか一方を前記段部(E)上に選択載置する様に成した,
    H 多目的ロースター
     イ 乙考案
    A 燃焼部に設けたバーナーの点火部の高さ位置と同一平面上にしてドレンパン,内箱,外箱の各側壁に貫通孔を貫設し,
    B 外箱の貫通孔の外方でテーブルの底部にバーナーの炎から照射される紫外線を検知する炎センサーを対向配置し,
    C 該炎センサーを燃焼ガスを供給するガス流入経路中に配設した電磁弁に炎センサーの作動によりガス流入経路を開閉する様に接続した,

    D ロースターにおける立消え安全装置
     ウ 丙考案
       A ロースター本体に吸引作用される外箱と該外箱の内部に所定間隔の吸引流路を有する様にして内箱を取(り)付け,
    B 外箱の上端と内箱の上端に接するトッププレートを装着すると共に,    C 該トッププレートに吸気孔を貫設形成し,
    D 又内箱にバーナーを収納すると共に該バーナー上方に金網を設け,
    E 該金網上に複数のセラミック炭を載置し,
    F 内箱の上端開口部には肉類を載置する金網を渉設し,
    G 上記セラミック炭は略扇形状の複数の分割片に分割し,
    H 夫々の分割片を所定隙間を設けると共に,
    I 輪切り切断形状面を上下方向面と成して放射状に配置し,
    J 且つセラミック炭に上下方向に渉る孔を穿設した,

    K セラミック炭ロースター
     エ 丁意匠
    A 扁平円筒状の周壁を形成し,
    B 多数の吸引孔を周壁の上方に貫設し,
    C 前記周壁の上端周縁に,鍔を外方突出形成し,
    D 鍔の先端が,吸引孔の途中まで垂れ下がった,
    E 構成より成るロースターのプレート
   (3) 被告は,平成8年4月1日以降現在まで,
   ア 別紙装置目録(イ),(イ)
,(ロ),(ロ),(ロ)記載の各装置イ,イ,ロ,ロ,ロを構成内容とする別紙製品目録(1)ないし(4)3記載の各製品(以下,別紙装置目録記載の装置を「本件装置イ」等といい,別紙製品目録記載の製品を「本件製品(1)」等という。)を製造販売している。
    イ 別紙装置目録(ハ),(ハ)
,(ニ),(ニ),(ニ),(ホ),(ホ)記載の本件装置ハ,ハ,ニ,ニ,ニ,ホ,ホを構成内容とする本件製品(1)ないし(6)を製造販売している。
     ウ 別紙装置目録(ヘ),(ヘ)記載の本件装置ヘ,へを構成内容とする本件製品(5)ないし(6)を製造販売している。
     エ  別紙プレート目録(チ),(チ)
記載のプレート(以下「本件プレートチ」等という。)を構成内容とする本件製品(1)ないし(3),(3),(4),(4)ないし(6)を製造販売している。
   (4)  被告は,平成11年10月16日,原告を被請求人として,甲特許権の登録無効審判を請求し,特許庁は,平成12年11月27日,「本件審判の請求は,成り立たない」との審決をした。被告は,さらに,審決取消しを求めて東京高等裁判所に対して訴えを提起したところ,同裁判所は,平成14年6月24日,前記審決を取り消すとの判決をした。
 2 争点
   (1) 本件装置イ,イ
,ロ,ロ,ロを構成内容とする本件製品(1)ないし(4)が,甲特許権を侵害するか。
       構成要件を巡る具体的争点は,次のとおり,構成要件Eの「突片」の充足性であり,その余の構成要件を充たすことは,被告は明らかに争わない。
   ア 本件装置イ,イ
,ロ,ロ,ロの内箱開口部の構造形状が本件発明甲の構成要件Eの「突片」に該当するか。
   イ 構成要件Eの「突片」と均等か。
     ウ 権利無効の抗弁の成否
   (2) 本件装置ハ,ハ
,ニ,ニ,ニ,ホ,ホを構成内容とする本件製品(1)ないし(6)が乙実用新案権を侵害するか。
       構成要件を巡る具体的争点は,次のとおり,構成要件Bの「テーブルの底部に…炎センサーを対向配置」と,構成要件Aの「貫通孔を貫設し」の充足性であり,その余の構成要件を充たすことは,被告は明らかに争わない。
   ア 本件装置ハ,ハ
,ニ,ニ,ニ,ホ,ホの炎センサーの設置位置が構成要件Bの「テーブルの底部」に「対向配置」したに該当するか。
     イ 構成要件Bの「テーブルの底部」に「対向配置」と均等か。 
     ウ  本件装置ニ,ニ
,ニ,ホ,ホには,ドレンパンに「貫通孔」がないが,これが構成要件Aの「貫通孔を貫設し」に該当するか。
     エ 権利無効の抗弁の成否
   (3) 本件装置ヘ,へ
を構成内容とする本件製品(5)ないし(6)が丙実用新案権を侵害するか。
      構成要件を巡る具体的争点は,次のとおり,構成要件Iの「輪切り切断形状面」と,構成要件Jの「上下方向に渉る孔を貫設し」の充足性であり,その余の構成要件を充たすことは,被告は明らかに争わない。
     ア  本件装置ヘ,へ
のセラミック炭の上方向の形状は,構成要件Iの「輪切り切断形状面」に該当するか。
     イ 本件装置ヘ,へ
のセラミック炭の孔が上部に穿たれていることが構 成要件Jの「上下方向に渉る孔を貫設し」に該当するか。
   ウ 構成要件Iの「輪切り切断形状面」と均等か。
     エ 権利無効の抗弁の成否
   (4) 本件プレートチ,チ
が丁意匠と類似しているか。
 3 争点についての当事者の主張の要旨
   (1)ア 本件装置イ,イ
,ロ,ロ,ロの内箱開口部の構造形状が本件発明甲の構成要件Eの「突片」に該当するか。
      (ア) 原告
           本件装置イ,イ
,ロ,ロ,ロには,内箱の上端開口部に,上部から見た平面視リング状,断面視突片の物が突設されており,以下のとおり,「突片」を充足する。
           「突片」の用語は,広辞苑にも日本語大辞典にもなく,一義的に明確とはいえない。これを分解して考えても,「突」とは,突き出たものを意味するが,これのみとはいえず,仮に突き出たものとしても,具体的にどのような形をもって突き出たとするか一義的に明確ではない。「片」についても,「切れ端」だけでなく,「平たくて薄いもの」や「一方」という意味を持っているし,片鱗といった使われ方もしており,一義的に明確ではない。そこで,甲明細書を参酌すると,「突片」は,ロストル又は五徳を選択載置するためオイルパンであるプレート外周縁部に周設された鍔部を載置し,該鍔部と内箱壁面により環状段部を周設形成するための一要素としての機能を果たすにすぎない。したがって,「突片」は突起状態にあるもののみを意味するのではなく,「環状段部」を周設形成するための一要素として突設された状態も,「突片」の意義の範ちゅうに含まれ,構成要件Eの「突片」を充足すると解すべきところ,本件装置イ,イ
,ロ,ロ,ロにおいては,内箱の上端開口部にオイルパンの鍔部が載置するように内箱壁面を突設させ,その部分にオイルパンの鍔部を載置して段部を形成しているのであって,
構成要件Eと何ら異なるところはないし,上部から見た平面視においても,適宜数の突片の極限は,上記各装置のように連続的環状を形成することになる。  
       (イ) 被告
           構成要件Eにいう「突片」とは「突」き出た「切れ端」又は「欠片」との意味であることはその字義から一義的に明確であって,少なくとも連続的に環状をなす「段部」とは全く異なる構造を意味することは明らかである。しかして,本件装置イ,イ
,ロ,ロ,ロにおいては,「突片」に対応すべき位置に連続的に環状をなす縮径された段差部(環状段部)はあるものの,「突片」は存在せず,構成要件Eの「突片」を充足しない。
    イ 構成要件Eの「突片」と均等か。
      (ア) 原告
           「突片」は,ロストル又は五徳を選択載置するためオイルパンであるプレート外周縁部に周設された鍔部を載置し,該鍔部と内箱壁面により環状段部を周設形成するための一要素としての機能を果たすにすぎず,上昇空気流を阻止することを目的とするものでないから,本件発明甲の本質的部分ではなく,「突片」を「環状段部」と置き換えてもその作用効果は同じである。しかも,そのような置き換えは当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)であれば,被告が本件製品(1)ないし(4)
を製造開始した時点において,容易に想到することができるものである。また,原告は,「突片」が「環状段部」と異なることを自認した上で,「段部」の文言を放棄して「突片」に替え,技術的範囲を「突片」なる構造に意識的に限定したものではない。したがって,上記各装置の構成は,少なくとも,構成要件Eと均等といえる。
      (イ) 被告
           以下のとおり,本件においては均等論は適用の余地がない。
           構成要件Eは,ロストル等を均一に赤熱し調理の効果を挙げるべき技術的課題を有しており,甲発明の本質的部分に当たる。
           また,甲発明においては,隣接する突片間に内箱の内壁面に沿って隙間ができ,そのために換気孔から採気された外部の空気がその隙間を通って調理部に向かって不均一に上昇する現象が生じ,上昇空気流がバーナーからの燃料ガスの燃焼状態を不安定にし,その結果,ロストル等を均一に赤熱し得なくなる(甲明細書の実施例参照)。これに比して,本件装置イ,イ
,ロ,ロ,ロでは,オイルパンの鍔部と縮径された段差部が完全に密着して重なり合っていて突片間の隙間が存在しないから,前述のような上昇空気流は発生せず,ロストル等の赤熱は均一かつ良好な状態に保持される。したがって,作用効果の同一性の要件は成立しない。
           そして,「突片」ではなく,「環状段差部」を設けて隙間を全く無くして上昇空気流を完全に封じたことは,それまでの常識を打ち破った「逆転の発想」ともいうべきもので,当業者が容易に想到し得なかったものである。
           さらに,出願時の当初明細書(乙5)では「上端開口部に段部を周設せしめ」となっていたところ,原告は,特許庁から,平成元年7月28日付け拒絶理由通知書(乙6)を受け取るや,特許請求の範囲の記載を平成元年11月8日付け手続補正書(乙7)によって大幅に変更して,前記「上端開口部に段部を周設せしめ」を「上端開口部に突片を突設し」と補正し,「段部」の文言を放棄して「突片」に替え,甲発明の技術的範囲をこの「突片」なる構造に意識的に限定したものである。
     ウ 権利無効の抗弁の成否

       (ア) 被告
      甲発明については,その出願前に,@特開昭55−130622,A実開昭57−48821,B意匠公報第516753号が存在するところ,当業者であれば,甲発明は,これら公知,公用の発明に基づいて極めて容易に発明することができるものである。現に,前提事実等のとおり,甲特許権については,東京高等裁判所が,平成14年6月24日,これを有効とした特許庁の審決を取り消し,無効であるとの判断をしている。したがって,甲特許権に基づく請求は,権利を濫用するものとして許されない。
    (イ) 原告
           被告の主張は争う。
   (2)ア 本件装置ハ,ハ
,ニ,ニ,ニ,ホ,ホの炎センサーの設置位置が構成要件Bの「テーブルの底部」に「対向配置」したに該当するか。
     (ア) 原告

           構成要件Aは,「貫通孔」を「バーナーの点火部の高さ位置と同一平面上」に貫設するとしているにすぎず,炎センサーの位置については,構成要件Bは,「外箱の貫通孔の外方でテーブルの底部にバーナーの炎から照射される紫外線を検知する炎センサーを対向配置し」としているのであって,「貫通孔の外方同一平面」に炎センサーを対向配置するとはしていない。したがって,「対向配置」は,上下左右幅のある概念であり,全く同一の平面,同一の方向を指すものではない。しかも,乙明細書によると,本件考案乙の目的の1つは,ロースター本体の各構成部品の脱着を容易にし,かつ脱着に際し,炎センサーを損傷しないようにすることにあり,そのための手段として炎センサーを外箱外方に配置するのであるから,そこにずれがあったとしても,バーナーから照射される紫外線を貫通孔を通して炎センサーにより直接検知できる限りにおいては,炎センサーを「対向配置」していると理解される。そうすると,本件装置ハ,ハ,ニ,ニ,ニ,ホ,ホについては,バーナー点火部と炎センサーの位置に上下若干のずれはあるが,「対向配置」の要件を充たし,また反射板と称する部材が設けられていても,炎センサーは貫通孔からのぞいており,あるいはのぞいていなくとも技術的には見せかけだけの無意味不要なものである。したがって,上記各装置は乙考案と技術的思想を同じくしており,これを迂回利用しているにすぎず,「対向配置」を充足する。
           さらに,構成要件Bの「底部」とは,広辞苑によれば,「底の部分」,「下の方の部分」とされており,「底面」に比して広い概念であり,テーブルの下の方の部分を意味する。被告の主張するような「テーブルの底面に密着し,あるいは底面にごく近接した空間部分」を意味するものではない。また,被告は,「テーブル」をテーブルの天板と理解しているが,脚のあるものは脚部を含めて「テーブル」というのであるから,その立論の前提に誤りがある。しかも,乙考案では,ガスバーナーから照射される紫外線を検知するための炎センサーの取付位置との関係で,前記のような表現となっているのであるから,これとの関係で,底部の意味を理解すべきである。そうすると,本件装置ハ,ハ
,ニ,ニ,ニ,ホ,ホの炎センサーは,いずれも,テーブルの下に配置されており,「底部」の要件を充足する。
      (イ)  被告
           乙考案においては,「外箱の貫通孔の外方で……炎センサーを対向配置」することが絶対必須の構成要件Bとされており,しかも構成要件Aには「バーナーの点火部の高さ位置と同一平面上にしてドレンパン,内箱,外箱の各側壁に貫通孔を貫設」する旨の記載があり,その貫通孔の延長にバーナーと向かい合う位置にセンサーがあることが明らかであることに照らすと,構成要件Bは,炎センサーをバーナーの点火部と同一平面において,しかも,互いに直接向かい合う位置に設置することを意味する。ところが,本件装置ハ,ハ
,ニ,ニ,ニ,ホ,ホにおいては,炎センサーはバーナーの点火部と同一平面に存せず,それより上部に位置し,しかも,外箱の外側に反射板を設置し,この反射板での反射により進行方向を変えられた紫外線を検知する炎センサーを外箱の外側に配置していて,バーナーの点火部と互いに直接向かい合う構成になっていない。したがって,本件装置ハ,ハ,ニ,ニ,ニ,ホ,ホでは,炎センサーは「外箱の貫通孔の外方」にあるものではなく,また「対向配置」もされていないのであるから,構成要件Bを充足しない。しかも,特開平9−117376の発明は,反射板を用いることによって,センサーの設置箇所の自由度を確保するとともに,誤動作を防ぐ技術であるが,この発明は,特許庁において,登録査定されている。この発明と同様に反射板を用いて紫外線センサーを作動させる構造を持つ本件装置ハ,ハ,ニ,ニ,ニ,ホ,ホが,乙考案の技術的範囲に入らないことは,このことからも明らかである。
           また,構成要件Bの「テーブルの底部」の「底部」とは,物品の底面の部分を指すことは語義から明らかである。したがって,乙考案においても,「テーブルの底部そのもの」か,あるいはせいぜい「テーブルの底面に密着し,あるいは底面にごく近接した空間部分」を指すことは疑問の余地がない。しかるに,本件装置ハ,ハ
,ニ,ニ,ニ,ホ,ホの炎センサーは,テーブルの底面部より垂直下方に相当離れて設置されており,「テーブルの底面」そのものに対向配置されているとはいえないことはもちろん,「テーブルの底面に密着し,あるいはごく近接した空間部分に対向配置」されているともいえない。
    イ 構成要件Bの「テーブルの底部」に「対向配置」と均等か。
      (ア) 原告
           前記のとおり,「外方…対向配置」は,バーナーから照射される紫外線を炎センサーにより直接検知する限りにおいて,これを充足すると解されるから,本質的部分とはいえない。
           また,被告は,炎センサーがロースターの排煙等によって汚染,損傷されるのを防止するため,炎センサーの位置を変更する手段として反射板を設置したと主張するが,被告の上記各装置においては,排煙等の流入防止のための紫外線透過ガラスがはめ込まれており,反射板が上記作用効果に何ら寄与していないことが明らかである。したがって,反射板の設置もまったく無意味不要なものであって,本件考案乙と同一の技術思想に基づいており,少なくとも,容易に想到することができるものとして均等に当たる。

      (イ)  被告
           乙考案が解決しようとする課題は「点火操作時の点火ミス或いは立消えによる未燃焼ガスの放出を遮断すると共に,洗浄の為の各構成部品の脱着を容易としたロースターにおける立消え安全装置を提供せんとするもの」であり,考案の効果についての記載に照らしても,炎センサーの位置や構造はその目的を達し,作用効果を生じさせる技術思想の中核をなすといえる。しかも,乙考案に関しては,先行技術として,@特開昭59−176526,A特開昭63−210520,B実開昭59−175860,C特開昭57−155022,D実開昭51−26520が存在しており,炎と炎センサーの間の部材に貫通孔を設けることも,紫外線を検知する炎センサーを用いることも,炎センサーの作動によりガス流入経路を開閉することもすべて公知技術である。そうすると,乙考案は,構成要件Bのみが相違している。したがって,この点からも,構成要件Bが乙考案の本質的部分であり,この構成が本件装置ハ,ハ
,ニ,ニ,ニ,ホ,ホと異なる以上,均等論の適用はない。
           また,乙考案の構成では,ロースターの排煙等が炎センサーを汚染し,損傷するため,検知機能が働かないことが多いが,本件装置ハ,ハ,ニ,ニ,ニ,ホ,ホでは,炎センサーを排煙等の影響を受けない場所に設置し,光の進行方向を反射板により変更する手立てを採っているため,炎センサーは充分に機能し,ユーザーの好評を博している。したがって,作用効果も同一でない。
           しかも,乙考案が「炎センサーを炎と直接互いに向かい合わせて紫外線を確実に検知する」という構造であるのに対し,本件装置ハ,ハ
,ニ,ニ,ニ,ホ,ホの構造は「炎センサーを炎と対向させず,いわば目の届かない場所に設置する」というもので,いわば逆転の発想ともいうべきユニークなものである。したがって,当業者が容易に想到することはあり得ない。 
   ウ 本件装置ニ,ニ,ニ,ホ,ホについて構成要件Aの「貫通孔を貫設し」を充足するか。
      (ア)  原告
           乙考案の構成要件Aは「燃焼部に設けたバーナーの点火部の高さ位置と同一平面上にしてドレンパン,内箱,外箱の各側壁に貫通孔を貫設し,」であるところ,確かに,貫通孔について,本件装置ニ,ニ
,ニ,ホ,ホは若干異なるが,これは,ドレンパンの上端がバーナーの点火部より低いためドレンパンの上方空間が紫外線通路となり,ドレンパンに貫通孔を貫設することが不要となったにすぎず,新たな利点が創出されることもないし,設計変更の範囲内にすぎない。
      (イ)  被告
           乙考案の構成要件Aは,「ドレンパン,内箱,外箱の各側壁に貫通孔を貫設」することが必須の要件となっているところ,本件装置ニ,ニ
,ニ,ホ,ホにおいては,ドレンパンに貫設孔は存しない。したがって,少なくとも,構成要件Aを充足しない。
    エ 権利無効の抗弁の成否
      (ア) 被告
           乙考案については,その出願前に,先行技術として,@特開昭59−176526,A特開昭63−210520,B実開昭59−175860,C特開昭57−155022,D実開昭51−26520が存在しているところ,当業者であれば,乙考案は,これらの公知,公用の発明等に基づいて極めて容易に発明することができるものである。したがって,乙考案に基づく請求は,権利を濫用するものとして許されない。
    (イ) 原告
      争う。
   (3)ア 本件装置ヘ,へ2 のセラミック炭の上方向の形状は,構成要件Iの「輪切り切断形状面」に該当するか。
      (ア) 原告
           「輪切り切断形状面」の技術的意義は,切断面を上方から見た場合に輪形になっていることにあり,輪切り切断形状面が垂直方向と直角をなす「平面」であることを当然かつ一義的に意味するものではない。しかも,丙考案が解決しようとする課題は,バーナー加熱のロストルによるロースターは焼きむらと焼き上がりに欠点を有し,他方,木炭によって焼く場合は時間を要していたのを,上下方向に渉る孔開きタイプのセラミック炭を使ったロースターにより,木炭に近い状態の焼き上がりを得ると共に,木炭の視覚的な食欲,高級感を励起せしめ,また,セラミック炭の性質及び小さい体積により立ち上がり及び焼き上がり時間を早くするようにした点にあり,その解決手段として,セラミック炭については略扇形状の複数の分割片に分割し,それぞれの分割片に所定隙間を設けると共に,輪切り切断形状面を上下方向と成して放射状に配置し,かつ,セラミック炭に上下方向に渉る孔を穿設したのである。この技術的意義からすれば,輪切り切断形状面が,切断平面を意味することが一義的に明らかとはいえない。本件装置へ,へ
は,逆お椀形までの膨らみはなく,いずれも多少傾斜があるのみで平面に近い。そのため,木炭配置の雰囲気を向上することも可能となっており,「輪切り切断形状面」の技術的範囲に含まれる。
      (イ)  被告
           「輪切り切断形状面」の「輪切り」とは,円筒形の物を,切り口が輪になるように横に切ることを意味し,また,「切断面」とは,「切断した切り口の面」を意味するから,その技術的意義は,「垂直な円筒方向と直角に交わる平面で真横に切断したときに形成される切断平面」を意味することが一義的に明らかである。このことは,丙明細書中の図面のセラミック炭の切断部分の形状が垂直方向と直角を成す平面となっていることからも明らかである。本件装置ヘ,へ
に用いられたセラミック炭の上方向の形状は逆お椀形の3次元的曲面から成り,「輪切り切断形状面」となっていないから,構成要件Iの「輪切り切断形状面」を充足しない。
    イ 本件装置ヘ,へのセラミック炭の孔が上部に穿たれていることが「上下方向に渉る孔を貫設し」に該当するか。
      (ア)  原告
          作用効果は同一であり,該当する。
      (イ)  被告
           本件装置ヘ,へ
のセラミック炭の孔は,上部の面に穿たれているにすぎない。したがって,構成要件Jの「上下方向に渉る孔を貫設し」を充足しない。
   ウ 構成要件Iの「輪切り切断形状面」と均等か。
      (ア) 原告
           丙考案の作用,効果は,黒色のセラミックの赤熱化による木炭特有の視覚的な食欲,高級感を励起して炭焼きの雰囲気を演出するところにあり,輪切り切断面形状が「平面」であることまでも本質的部分とするものではない。本件装置ヘ,へ
のセラミック炭の上方向の形状が,逆お椀形の曲面から成っていたとしても,切断面形状が平面でなく,多少傾斜していること以外の要件は同一であり,同構成によって,上記と同様の作用,効果に変わるところはなく,想到容易性もあり,少なくとも,上記各装置の構成は丙考案と均等である。
    (イ) 被告
           原告は,出願過程において,いったんは特許庁から新規性及び進歩性の欠如等を理由とする拒絶理由通知を受けたのに対し,炭団状のセラミック炭の実施例図を削除し,「上下方向に渉る孔開きタイプのセラミック炭」との請求の範囲を現在のように補正して登録査定を得たこと,原告も,丙考案の作用効果が黒色セラミックの赤熱化による木炭特有の視覚的な食欲,高級感を励起することにあることを自認していることからすると,公知技術から生じさせることができなかった丙考案の作用効果は,木炭の視覚的な食欲,高級感を励起せしめることにある。そうすると,「セラミック炭の形状が輪切り切断形状面から成ること」が丙考案の本質的部分であることは明らかであるところ,本件装置ヘ,へ
は,放射熱や遠赤外線を満遍なく水平方向や斜め方向に向かわせ,ロースター全体を均一かつ全体的に熱するために,逆お椀形の形状になっており,通常の木炭の形状と異なり,上記の様な視覚的な食欲,高級感を醸し出すことはできないから,相違点が本質的部分でないとの要件を欠く。しかも,逆お椀形の形状は,容易推考でないとの要件も欠く。また,丙考案は,上記のとおり,当初,実施例図として,輪切り切断形状面タイプの他に外部表面が曲面から成る炭団状も記載していたが,特許庁から拒絶理由通知を受けて削除しており,意識的に除外しているといえる。
   エ 権利無効の抗弁の成否
      (ア)  被告
           丙考案については,出願時に,@特開昭62−228234,A実開昭62−130535,B特開昭62−148626,C特開昭64−11520が存在しているところ,丙考案は,当業者であれば,これら公知,公用の発明等に基づいて極めて容易に考案をすることができ,先願の発明ないし考案と同一でもあるので,明らかに無効である。したがって,丙考案に基づく請求は,権利を濫用するものとして許されない。
    (イ) 原告
           被告引用の@ないしBには,「セラミック炭は略扇形状の複数の分割片に分割し,夫々の分割片を所定隙間を設けるとともに,輪切り切断形状面を上下方向面と成して放射状に配置し,且つセラミックス炭に上下方向に渉る孔を穿設した」に関する記載がなく,作用効果も異なる。また,Cについても,肉類の直接加熱調理に関するものでなく,鍋を加熱するものであり,丙考案と技術的思想を異にする。

   (4) 本件プレートチ,チが丁意匠と類似しているか。          
     ア  原告
         丁意匠において極めて強い新規性を有し,看者の注意を最も強く引く要部は,@周壁の形状を扁平円筒形としている点,A周壁の上方に多数の吸引孔を規則的に配列貫設している点,B周壁より外方に突出した鍔部の先端が垂直に垂れ下がっている点であり,本件プレートチ,チ
は,これらの点について共通している。被告主張の差異はいずれも部分的なものにすぎず,類似感を破るものではない。
     また,被告は,ロースタープレートは扁平な円筒形とならざるを得ないと主張するが,四角状もあり,必ずしもそうではない。また,焼肉料理部と鍔部とが連携し,両者間に吸引空間が存在することも丁意匠の基本的形態の一つである。要するに,丁意匠や本件プレートチ,チ
のごとき物品にあっては,鍔部と吸引空間(吸引孔)が物品の基本的形態であって,周壁と鍔部が一体化される以外は意匠創作の範囲内であるから,丁意匠の前記構成の大部分は意匠の要部である。なお,原告は,被告の主張に係る後記意匠権(以下「被告意匠権」という。)の無効審判請求をしている。
     イ  被告
         意匠の類似の幅は,当該物品が単純な構造ないしデザインであるか否か,日用品ないしこれに類するような日常生活において頻繁に使用される類の物品であるか否か,品種として旧来よりあったものか否か等の事情により判断されるべきところ,丁意匠に係る物品は,旧来より数多く生産流通しており,日用品であり,デザインも単純であるから,意匠の類似性の判断の幅は狭いというべきである。
         丁意匠のようなロースタープレートは,ロースターテーブルとその中央部に設けられる焼肉料理部との間の空間部に被せられるリング状カバー材であり,ドーナツ状の扁平な円筒形とならざるを得ないから,物品の見やすい部分及び特徴のある部分は,吸引孔及び周縁部に外方突出する鍔部であり,意匠の要部はこれらの形状にあるというべきである。そして,本件プレートチ,チ
は,吸引孔が丁意匠と異なりほぼ長方形であること,また,鍔部は丁意匠のように薄く,平面的ではなく,厚く,先端が下方に斜めに下がって曲線を成していることから要部において異なっている。
         また,被告は,以下のとおり,丁意匠とは吸引孔と鍔部の形状が異なる被告意匠権の意匠につき登録査定を受けている。そして,本件プレートチ,チは,被告意匠権の意匠の形状そのものである。したがって,本件プレートチ,チが丁意匠の権利範囲に含まれないことは明白である。
         出願日   平成10年2月5日
     意匠に係る物品 ロースター用テーブルの部材
     登録日   平成11年3月5日
         登録番号  第1038433号
第3 争点に対する判断
 1 争点(1)ア(本件装置イ,イ
,ロ,ロ,ロの「環状段部」が甲発明の構成要件Eの「突片」に該当するか。)について
   (1) 特許法70条1項は,「特許発明の技術的範囲は,願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」とし,同条2項は,「前項の場合においては,願書に添附した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定する。これらの規定の趣旨からすると,特許請求の範囲に記載された文言の意味内容を解釈するには,その言葉の一般的な意味内容を基礎としつつも,詳細な説明に記載された発明の目的,技術的課題,その課題解決のための技術的思想又は解決手段及び作用効果並びに図面をも参酌して,その文言により表現された技術的意義を考察した上で,客観的合理的に解釈,確定すべきである。そして,技術的意義を考察するに当たっては,特許権が,出願時の技術水準を超えた発明に対してのみ付与されるものであるから,その時点における公知,公用の部分を除外して解釈される必要がある。

  (2) そこで,「突片」の意義について検討するに,この用語は,一般的なものではなく,分解して考えると,「突き出た」「片」となるが,「片」の意味についても「切れ端」,「かけら」,「極少量」,「片一方」,「一切れ」,「極めてわずかなもの」,「薄いもの」等,多数の意味があり,一義的に明確とまではいえない。
       そして,甲発明が出願された昭和58年3月24日当時の各種公知技術と甲発明を比較検討すると,@特開昭55−130622(乙4の審判請求書に添付の甲1)には,特許請求の範囲として「テーブル上に嵌込式に設置する焼肉器において,内枠体と外枠体を任意の間隔を設けた二重構造とし,該内枠体の上縁に多数の煙吸込口を穿設し,その下方に焼鉄板を設け,下縁に仕切板を設置して箱体を構成し,該箱体内にガスコンロを配置すると共に,前記外枠体の下側周囲に段部を設けて油漕とし,その中央に透孔を構成させ,該透孔にフィルターを介して煙道を連通させ,該フィルターの直下の煙道内に強制吸引用のダンパーを設け,前記鉄板,仕切板,フィルターを取り外し自在となしたることを特徴とするテーブル焼肉器の構造」の記載があり,その実施例及び図面をも参照すると,甲発明の構成要件のうち,A「ロースター本体に吸引作用される円筒状の外箱と該外箱の内部に所定間隔の吸引流路を有する様にして円筒状の内箱を取(り)付け」,B「該内箱の上端は外箱の上端より低く形成し」,C「又外箱の上方開口部を被冠閉塞する閉塞枠体と,該閉塞枠体より内箱の上部周囲に接して垂設された周壁より成る円形状のトッププレートを外箱と内箱間に載置し」,D「トッププレートの周壁には吸気孔を貫設形成し,」F「又プレート中央部にバーナーを収容し」の各構成要件については,いずれもその概要についての記載があること,A実開昭57−48821(同添付の甲2)には,「排気装置に接続される排気口を底部にそなえ上向きの開口部を有する外箱と,上記外箱に穿設した吸気穴に連通し上記外箱内において上向きに開口する給気穴をそなえた吸気ダクトと,上記給気穴に連通する給気口をそなえ上記外箱内壁面との間に通気路をへだてて上記吸気ダクト上に載置された内箱と,上記通気路の上方において上記外箱に取(り)付けた排気誘導板と,上記内箱の上向開口部に被着され通気穴を穿設された耐熱板と,上記給気口の上方に配設したガスバーナと,上記ガスバーナの上方に設けたバーナカバーをそなえて成る焼肉器」の記載があり,その実施例の図面には,鉄板を載置するための全周に亘る段部の記載があり,甲発明の構成要件Eのうち,内箱の上端開口部に鉄板(ロストル)を載置するための全周にわたる段部を周設することについては記載があること,他方,当該段部の形状が環状である旨の明確な記載がないこと,鍋物用のコンロバーナと,鉄板焼肉用のパイプバーナとの二つのバーナを備えた調理装置についてのB特開昭57−55977(同添付の甲6)には,特許請求の範囲として,「窓孔下方の中央部にコンロバーナを設け,このコンロバーナの両脇にはパイプバーナを相対向配置するとともに,パイプバーナにその炎孔をカバーするコンロ用のゴトクを着脱自在に設けてなる調理装置」の記載があり,発明の詳細な説明には「コンロバーナを使用する場合,コンロバーナ用のゴトクをパイプバーナ上に着脱自在とし,…またパイプバーナを使用するには,…ゴトクを取り去り,焼物用プレートを天板の窓孔に装備す」るとの記載があり,図面にゴトク又はプレートを装備するための段部の記載があることからすると,甲発明の構成要件G「段部に対応する円形同大に形成し互換性を有する様にしたスリットを穿設した平板円形状のロストル及び五徳を装備してそのいずれか一方を段部上に選択載置する」ことについても記載があること,以上の事実が認められる。

      上記で検討した従来技術に照らすと,甲発明を特徴づける本質的部分は,構成要件Eの「環状の段部」を形成する構成に存すると解されるところ,甲発明においては,それを形成する具体的構成として,内箱の上端開口部に突設した「突片」と,その突片上に載置されるプレートの「鍔部」と内箱の「壁面」を用いることが明らかである。そして,「鍔部」と「壁面」とは,元々プレートと内箱とに備わったものであるから,新たに設けられるものとしては,「突片」のみということができる。
       しかるところ,前掲A実開昭57−48821には,内箱の上端開口部に「全周に亘る段部」を形成したものが示されており(この発明においては,その上に鉄板(ロストル)を直接載置する構成が示されているが,甲発明のように,その間にオイルパンを介在させることに何らの支障もないと解される。),このような公知技術を参酌すれば,甲発明における「突片」は,「全周に亘る段部」を含まないものと解するのが相当であり,これに前記「突片」の字義を併せ考えると,「突片」とは,突き出た片(切れ端)と解し,甲発明においては,これを内箱の上端開口部に内側に向けて多数配置することによって「環状の段部」を周設させたものと考えられる(なお,このように解したとしても,「全周に亘る段部」を多数の「突片」による構成に代替させることは,当業者にとって容易であるとも考えられ,そうであるならば,権利の有効性についての疑いを払拭できず,現に,乙28によれば,東京高等裁判所は,被告からの無効審判請求を排斥した特許庁の審決を取り消す旨の判決をしたことが認められるが,この点については今しばらく措くこととする。)。

  (3) ところで,本件装置イ,イ,ロ,ロ,ロについての装置目録の図面から明らかなように,本件装置イ,イ,ロ,ロ,ロには,「突片」に対応すべき位置である内箱の上端開口部に縮径された環状の段部はあるものの,突き出た切れ端と理解される「突片」は存在しないから,甲発明の構成要件Eの「突片」を充足しないというべきである。
 2 争点(1)イ(「突片」と均等か。)について
   (1) 特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等する製品等(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても,@その部分が特許発明の本質的部分でなく(非本質的部分),Aその部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって(作用効果の同一性),Bそのように置き換えることに,当業者が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(置換の容易想到性),C対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれからその出願時に容易に推考できたものではなく(容易推考でないこと),かつD対象製品等が特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない(意識的除外でないこと)ときは,右製品等の構成は,特許請求の範囲に記載された構成要件と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁判所平成10年2月24日判決・民集52巻1号113頁)。

   (2) そして,特許発明の本質的部分とは,特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで,当該特許発明特有の作用効果を生じるための部分,換言すれば,その部分が他の構成に置き換えられるならば,全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。特許法は,発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与することを目的としており(同法1条),特許を受けることができる発明は,自然法則を利用した技術的思想のうち高度なものであって,特許出願前に公知ではなく,かつ公知の技術に基づいて当業者が容易に発明することができなかったものに限られる(同法29条)。そうすると,特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,公知技術では達成し得なかった目的を達成し,公知技術では生じさせることができなかった特有の作用効果を生じさせる技術的思想を具体的な構成をもって社会に開示した点にあるといえる。このように考えると,明細書の特許請求の範囲に記載された構成のうち,当該特許発明特有の作用効果を生じさせる技術的思想の中核をなす特徴的部分が特許発明における本質的部分であると解すべきである。
   (3) 甲発明においては,前記認定,判断のとおり,1台のロースターにおいて,互換性を有するロストル及び五徳を取換自在に装備して焼肉と鍋料理の兼用を可能とするために,プレート外周縁部に周設された鍔部と内箱壁面による環状の段部を周設する方法を採用した(以上は公知技術)上,その鍔部を載置するために内箱開口部に突片を突設する構成とした点に技術的思想の特徴を有すると解すべきである。そうすると,本件装置イ,イ
,ロ,ロ,ロは,いずれも本質的部分において,甲発明とその構成を異にしており,均等論の適用の余地はない。
       したがって,その余について判断するまでもなく,本件装置イ,イ
,ロ,ロ,ロに係る原告の請求はいずれも理由がない。
 3 争点(2)ア(本件装置ハ,ハ
,ニ,ニ,ニ,ホ,ホの炎センサーの設置位置が構成要件Bの「テーブルの底部」に「対向配置」したことに該当するか。)について
   (1)  まず,乙考案出願当時の各種公知技術と乙考案を比較すると,特開昭59−176526(乙8の審判請求書に添付の甲1)は,特許請求の範囲として,「バーナーを収容せしめた箱体を円筒状に形成せしめて該箱体の上端開口部に段部を周設せしめ,一方前記段部に対応する円形同大に形成せしめ互換性を有せしめたロストル及び五徳を装備してそのいずれか一方を前記段部上に選択載置せしめる様に成したことを特徴とする多目的ロースター」の記載があり,前提となるロースターの全体構成が示されていること,特開昭63−210520(同添付の甲2)は,石油ボイラーの火炎検出器の取付けに関する発明であって,その明細書において,「燃焼が開始すると,前記燃焼部の発(っ)する光は,前記スタビライザーの中央部にあいている穴から,前記火炎検出窓を経て,前記火炎検出器に達(っ)する。」の記載があり,構成要件A,Bのうち,貫通孔を貫設して燃焼部とを直線で結んだ位置にセンサーを設置する構成については記載があると認められること,実開昭59−175860(同添付の甲3)には,炎を受信する光センサーによって作動させるガス供給自動遮断装置の,特開昭57−155022(同添付の甲4)には,炎を光センサーで受信して,電磁石を利用して燃焼用供給燃料を自動停止する装置の各記載があること,さらに,実開昭51−26520(同添付の甲5)には,燃焼検出器に紫外線受光素子を設けて,燃焼炎の有無の検出を行うと共に燃焼の有無に応じて燃料を供給しあるいはこれを停止する燃焼安全制御装置の記載があり,これらによれば,乙考案の構成要件Bのうち「…バーナーの炎から照射される紫外線を検知する炎センサーを」設けること,及び構成要件Cの「該炎センサーを燃焼ガスを供給するガス流入経路中に配設した電磁弁に炎センサーの作動によりガス流入路経路を開閉する様に接続した」構成については記載があると認められる。
       そして,乙考案が解決しようとする課題は,「点火操作時の点火ミス或いは立消えによる未燃焼ガスの放出を遮断すると共に,洗浄の為の各構成部品の脱着を容易としたロースターにおける立消え安全装置を提供せんとするもの」であり,考案の効果として「炎センサーを損傷することなく,バーナー,ドレンパン,内箱等を脱着」させ得ること,「炎を直接検出しているために…構造簡易にすることが出来る」といった記載があることからして,炎センサーの位置は考案の上記目的を達し,作用効果を生じさせる技術的思想の中核をなすといえる。原告はこの技術的思想を具現化する具体的な手段として,炎センサーの位置に関し,「貫通孔の外方でテーブルの底部にバーナーの炎から照射される紫外線を検知する炎センサーを対向配置」するという構成を選択し,これを実用新案登録請求の範囲に記載して開示したのであるから,この具体的構成こそが,乙考案の本質的部分であることは疑問の余地がない。

    ところで,上記の「テーブルの底部」の意義についてさらに検討するに,一般に「テーブル」とは,「平らな板に4脚ないし中央に1脚をもつ洋家具の総称」であり,「底部」とは,底の部分を指す。さらに「底部」を分解すると,「底」は,「容器やくぼんだものの一番下の部分」,「積み重なったものの一番下」,「天に対して地の称」等の意味を,「部」は,物事の区分,小分け,物事の一方の所,部分の意味を有している。このように,「テーブルの底部」の意味は一義的に決まるとはいえない。しかしながら,「テーブルの底部」という以上,少なくとも「テーブル」を構成する部材の一部であって,しかも,その底の部分を指すと解するのが相当である。
       そして,「テーブル」を構成する部材としては,テーブル天板と脚部が挙げられるところ,構成要件Bは「外箱の貫通孔の外方でテーブルの底部に…炎センサーを対向配置し」というものであり,乙明細書の実施例には,「立消え安全装置は燃焼部に設けたバーナーの点火部の高さ位置と同一平面上に対応させてドレンパン,内箱,外箱の側壁に貫通孔を貫設し,外箱の貫通孔の外方に炎センサーを対向配置してテーブル底部に固設し,」と記載されていることに照らすと,炎センサーを固定して安定的にその機能を発揮させるためには,脚部よりもテーブル天板に密着させるのが適当と考えられ,現に同明細書の図面では,炎センサー(ないしその支持体)が天板底面に接着して記載されていることが明らかである。

       そうすると,「テーブルの底部」の意義については,原告主張のように,バーナーの炎から照射される紫外線を検知し得る位置でありさえすれば,テーブル天板の下部のどの位置にあってもよいといったものではなく,「テーブル天板の底面の一部若しくは,少なくともテーブル底面に接着した位置」を意味し,ここに炎センサー(ないしそれを収容した支持体)が取り付けられることを要件とするものと解される。
   (2) しかるところ,本件装置ハ,ハ
,ニ,ニ,ニ,ホ,ホについての装置目録及び証拠(乙26の1ないし6,27の1ないし5)によれば,上記各装置の炎センサー(の支持体)は,いずれも,テーブル天板から少なくとも2,3センチメートルないし8センチメートル離れた位置に設置されていることが明らかであるから,「対向」の要件充足の有無を判断するまでもなく,「テーブルの底部…配置」の要件を充足しないというべきである。
 4 争点(2)イ(本件装置ハ,ハ,ニ,ニ,ニ,ホ,ホの炎センサーの位置が,構成要件Bの「テーブルの底部」と均等か。)について
     前記認定,判断のとおり,乙考案の構成要件Bである「外箱の貫通孔の外方でテーブルの底部にバーナーの炎から照射される紫外線を検知する炎センサーを対向配置し」た構成は,本件考案乙の本質的部分であると解される。したがって,均等論の適用はないというべきである。
     よって,その余について判断するまでもなく,本件装置ハ,ハ
,ニ,ニ,ニ,ホ,ホに係る原告の請求はいずれも理由がない。
 5 争点(3)ア(本件装置ヘ,へ
のセラミック炭の上方向の形状が構成要件Iの「輪切り切断形状面」を充足するか。)について
     丙明細書によれば,丙考案は,バーナー加熱のロストルによるロースターは焼きむらと焼き上がりに欠点を有し,他方,木炭による場合は焼き上がりまでに時間を要するという欠点を有していたのを,前記前提事実等のとおり,AないしKの各要件を構成することにより,セラミック炭を使ったロースターによって木炭に近い状態の焼き上がりを得ると共に,木炭の視覚的な食欲,高級感を励起せしめ,また立ち上がり及び焼き上がりに要する時間の短縮を図ろうとしたものと認められる。

     ところで,セラミック(炭)を加熱し,その放射熱によって加熱調理することは,特開昭62−228234(乙9の審判請求書に添付の甲1)によって示されており,実開昭62−130535(同添付の甲2)の実用新案登録の範囲,実施例及び図面には,構成要件AないしFについての記載があることが認められる。また,特開昭64−11520(同添付の甲4)の第1,2図には,上下方向に孔を穿設した多数のセラミック炭を輪切り切断形状面を上下方向面として設置する構成が示されていることが認められる。
     そうすると,丙考案は,上記とは別の観点からセラミック炭をいかに木炭らしく見せるかの課題に対し,具体的にG,H,Iの各要件を構成したところに特徴を有すると判断できる。この特徴は,技術思想的なものというより,むしろ視覚に訴える意匠的なものというべきであるから,その全体が1つにまとまった具体的構成に意義があり,その中から抽象的な技術思想を抽出することは困難であり,したがって,その構成要件を解釈するに当たっては,できるだけ文言に忠実に行う必要があるところ,構成要件Jのうち,「輪切り」とは,一般に「円筒形の物を,切り口が輪になるように横に切ること」を意味し,「切断面」とは,「切断した切り口の面」を意味することからすると,「輪切り切断形状面」とは,ある部材を輪切りに切断したときに現れる切断形状をもった平面を意味すると解するのが相当である。

     しかるところ,証拠(甲27の1ないし6,29の2の1ないし4,29の3の1ないし4)によれば,本件装置ヘ,へ のセラミック炭の形状は,いずれも上部中央が盛り上がった形状(逆お椀形)であって,平面でないことが認められる。したがって,本件装置ヘ,へのセラミック炭の上方向の形状が,丙考案の構成要件Jの「輪切り切断形状面」に該当しないことは明らかというべきである。
 6 争点(3)ウ(構成要件Jの「輪切り切断形状面」と均等か。)について
     発明,考案の本質的部分とは,公知技術では実現できなかった作用効果を生じさせる技術思想の中核を成す部分であるところ,なるほど,上記逆お椀形のセラミック炭も,視覚的には木炭様の印象を与えることは否定できないものの,前記のとおり,丙考案の構成要件のうち,そのAないしF及びJは,公知技術に存し,本件考案丙の特徴は,構成要件G,H,Iの組合せから成る全体構成にあると解されるから,構成要件Jのセラミック炭の形状が「輪切り切断形状面」からなることが丙考案の本質的部分を構成することは明らかである。そうすると,均等論を適用する余地はなく,本件装置ヘ,へ
が本件考案の技術的範囲に含まれるとはいえない。
     したがって,その余について判断するまでもなく,丙考案に基づく請求は認められない。
 7 争点(4)(本件プレートチ,チ
が丁意匠と類似しているか。)について
   (1) 意匠とは,物品の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合であって視覚を通じて美感を起こさせるものをいい(意匠法2条),その類否の判断は,要部の共通性の有無を基準とすべきである。すなわち,全体的に観察して,看者の注意を最も強く引く部分(要部)が共通するときには,その余の部分に相違があっても,全体として類似するといい得るが,要部が相違すると,細部について共通点があったとしても類似には当たらないと解される。
  (2) そこで丁意匠について検討するに,証拠(甲5)によれば,丁意匠公報には,意匠に係る物品はロースターのプレート(ロースター用テーブルの部材であって,ロースターのテーブルと,その中央部に設けられる焼肉料理部との間の空間部に被せられる枠状のカバー部材)であって,本件プレートチ,チ
と共通していることが認められる。
   (3) 次に,丁意匠と本件プレートチ,チを対比すると,その形態上の共通点は,@周壁の形状を扁平円筒形としている点,A周壁の上方に多数の吸引孔を規則的に配列貫設している点,B周壁より外方に突出した鍔部の先端が垂直に垂れ下がっている点にあり,他方,相違点としては,@吸引孔の形態について,丁意匠は円形状であるのに対し,本件プレートチ,チは上辺をわずかに膨出する円弧状とし,下辺と左右両辺を直線とした略縦長長方形状である点,A鍔部の形態について,丁意匠は,周壁部上端周縁から外方に直角に曲げて水平面を形成し,その先端を直角に垂直面を形成し垂下しているのに対し,本件プレートチ,チは,周壁部上端周縁から丸みを介して外方にごくわずかな幅の水平面を形成し,それになだらかに続けて,幅が水平面幅の略3倍で,鍔部全体高の略半分の高さまで湾曲状に下降する斜面を形成し,その先端には,丸みを介して垂直面を形成し垂下している点が挙げられる。
    しかしながら,証拠(乙17,18)によれば,両者の共通点@ないしBのいずれも丁意匠の出願前において既に見られる形態であることが認められるから,格別特徴のあるものではなく,特に看者の注意を引くとはいえない。
    次に,相違点について検討するに,相違点@は,周壁部の内面側の吸引孔の形状に関する相違点であり,丁意匠が円形状であるのに対し,本件プレートチ,チ
は上辺をわずかに膨出する円弧状にして下辺と左右両辺を直線とした略縦長長方形状を呈しているから,その印象が大きく異なるといえる。また,相違点Aは,鍔部の形態に関する相違点であるところ,丁意匠は,周壁部上端周縁から上方に直角に曲げて水平面を形成し,その先端を直角に垂直面を形成し垂下しているため,全体としては平面的な印象を与えるのに対し,本件プレートチ,チは,周壁部上端周縁から丸みを介して外方にごくわずかな幅の水平面を形成し,それになだらかに続けて,幅が水平面幅の略3倍で,鍔部全体高の略半分の高さまで湾曲状に下降する斜面を形成し,かつその先端には,丸みを介して垂直面を形成し垂下しているため,全体としては丸みを帯びた印象を与える点で大きく異なっている。そして,いずれも,使用時においては,看者から唯一観察可能な部分であることを考慮すると,これらの部分が形態上の要部であると解されるところ,これらの相違点は,類比の判断に大きな影響を及ぼすというべきである。そうすると,上記のとおりの共通点があることを考慮しても,全体的に観察して,類似するものとはいえないと判断するのが相当である(本件プレートチ,チは,被告意匠権の実施品であるところ,乙24によれば,原告がその登録を無効とする審決を求めた審判において,特許庁もほぼ同様の理由で請求を排斥する審決をしたことが認められるが,この事実も上記判断の正当性を裏付けるものといえる。)。
 8 まとめ
     以上によれば,その余について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。


        名古屋地方裁判所民事第9部


                 裁判長裁判官    加   藤   幸   雄


                      裁判官    舟   橋   恭   子


                       裁判官    富   岡   貴   美