H13. 5.22 東京地裁 平成12(ワ)3157 特許権 民事訴訟事件

平成12年(ワ)第3157号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成13年3月5日
          判         決
      原              告      株式会社川口電機製作所
      同訴訟代理人弁護士      小   川   秀 史 郎
      同              波 多 野   健   司
      同補佐人弁理士          佐      野      義      雄
      被              告      東京通信機工業株式会社
      同訴訟代理人弁護士      安      田      有      三
      同補佐人弁理士          大      塚              學
          主         文
   1 被告は,原告に対し,金151万2930円及びこれに対する平成12年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

   2 原告のその余の請求を棄却する。
   3 訴訟費用はこれを5分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
   4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
          事 実 及 び 理 由
第1 原告の請求
    被告は,原告に対し,金189万1162円及びこれに対する平成12年2月25日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
    本件は,電話用線路保安コネクタ配線盤装置の特許権を有する原告が被告に対し,被告が製造・販売している配線盤装置が原告の上記特許権に係る発明と均等であり,その技術的範囲に属すると主張して,上記特許権の侵害を理由とする損害賠償を求めている事案である。
 1 争いのない事実等
  (1)  原告は,下記の特許権(以下「本件特許権」という。)を有していた(平成12年11月11日存続期間満了)。

                 記
      特許番号   第1583030号
      発明の名称   電話用線路保安コネクタ配線盤装置
      出願日   昭和55年11月11日
      出願公告日   平成2年2月7日
      登録日   平成2年10月22日
  (2)  本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の本件特許権に係る特許公報(甲第1号証。以下「本件公報」という。)参照)の「特許請求の範囲」の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件発明」という。)。
      「所定数を1単位とする複数単位をマトリックス状に形成された挿入孔を有する絶縁ブロックと,この絶縁ブロックの上面から突出しないように上記挿入孔にそれぞれ埋設された接触子と,上記絶縁ブロックの所定の一辺の周縁に沿って複数列植設され通信線路に接続された電線の一端をそれぞれ巻き付ける第1の無半田電線巻付けピンと,上記絶縁ブロックの上記一辺と異なる辺の周縁に沿って複数列植設され交換機側に接続された電線の一端をそれぞれ巻き付ける第2の無半田電線巻付けピンと,上記第1および第2の無半田電線巻付けピンに平行して取り付けられ上記各電線を上記第1および第2の無半田電線巻付けピンに案内区別するための編み出し板と,上記絶縁ブロックの裏面側に密着され上記第1の無半田電線巻付けピンと上記接触子のうちの第1の所定の接触子を接続するとともに上記接触子のうちの第2の所定の接触子と上記第2の無半田電線巻付けピンを接続しかつ上記接触子のうちの第1および第2の所定の接触子以外の残りの接触子を接地線および警報線に接続する印刷配線パターンを有する印刷配線板と,上記絶縁ブロックに設けられ上記警報線に接続された警報端子と,上記印刷配線板に設けられ上記接地線に接続された接地板と,上記絶縁ブロックと印刷配線板に固定されて上記接地板を盤架を通して接地しこの盤架に固定する手段と,上記1単位ごとに挿入孔に挿入されて上記1単位の各接触子に個別に接触する端子を有する複数の接続子形プラグイン過負荷保護モジュールとよりなる電話用線路保安コネクタ配線盤装置。」
  (3)  本件発明の構成要件を分説すれば,次のとおりである(以下,分説した各構成要件をその符号に従い「構成要件A」のように表記する。)。
     A 所定数を1単位とする複数単位をマトリックス状に形成された挿入孔を有する絶縁ブロックを備えたものであること。
     B この絶縁ブロックの上面から突出しないように上記挿入孔にそれぞれ埋設された接触子を備えたものであること。
     C 上記絶縁ブロックの所定の一辺の周縁に沿って複数列植設され通信線路に接続された電線の一端をそれぞれ巻き付ける第1の無半田電線巻付けピンを備えたものであること。

     D 上記絶縁ブロックの上記一辺と異なる辺の周縁に沿って複数列植設され交換機側に接続された電線の一端をそれぞれ巻き付ける第2の無半田電線巻付けピンを備えたものであること。
     E 上記第1及び第2の無半田電線巻付けピンに平行して取り付けられ上記各電線を上記第1及び第2の無半田電線巻付けピンに案内区別するための編み出し板を備えたものであること。
     F 上記絶縁ブロックの裏面側に密着され上記第1の無半田電線巻付けピンと上記接触子のうちの第1の所定の接触子を接続するとともに上記接触子のうちの第2の所定の接触子と上記第2の無半田電線巻付けピンを接続しかつ上記接触子のうちの第1及び第2の所定の接触子以外の残りの接触子を接地線及び警報線に接続する印刷配線パターンを有する印刷配線板を備えたものであること。

     G 上記絶縁ブロックに設けられ上記警報線に接続された警報端子を備えたものであること。
     H 上記印刷配線板に設けられ上記接地線に接続された接地板を備えたものであること。
     I 上記絶縁ブロックと印刷配線板に固定されて上記接地板を盤架を通して接地しこの盤架に固定する手段を備えたものであること。
     J 上記1単位ごとに挿入孔に挿入されて上記1単位の各接触子に個別に接触する端子を有する複数の接続子形プラグイン過負荷保護モジュールを備えたものであること。
     K 電話用線路保安コネクタ配線盤装置であること。
  (4) 被告は,本件特許権の出願公告日である平成2年2月7日以降平成12年1月までの間に,別紙「物件目録」記載の電話用線路保安コネクタ配線盤装置(以下「被告製品」という。)を製造・販売した。その販売金額の合計は,少なくとも3782万3250円である。

  (5) 被告製品は,構成要件A,B,C,D,G,J及びKを充足し,他方,構成要件E,H及びIを文言上充足しない(構成要件Fを充足するかどうかについては,争いがある。)。
      本件発明は,構成要件Eにおいて,各電線を第1及び第2の無半田電線巻付けピンに案内区別するための編み出し板を備えているが,被告製品は,編み出し板ではなく,このような案内区別するための切り欠き7aを有する整線切り欠き貫通孔7を備えており,この点で本件発明と相違する(以下,本件発明と被告製品との間のこの相違部分を「相違部分1」という。)。また,本件発明は,構成要件H及びIにおいて,印刷配線板に各単位の接地用接触子が共通になるように配線パターンが形成され,印刷配線板に接地板が取り付けられ,接地板が装置を盤架に固定する手段を通じて接地するが,被告製品は,印刷配線板に各単位の接地用接触子が共通になるように配線パターン(接地用幅広肉厚パターン17)が形成され,その接地用幅広肉厚パターン17の端部から,接地用固定軸11,アース線接続圧着端子12を通して接地しており,この点で本件発明と相違する(以下,本件発明と被告製品との間のこの相違部分を「相違部分2」といい,相違部分1と併せて「本件相違部分」という。)。

 2 争点
  (1) 被告製品が本件発明の技術的範囲に属するかどうか。
     ア 被告製品が構成要件Fを充足するか。
     イ 被告製品が本件相違部分の存在にもかかわらず,本件発明の構成と均等なものといえるか。
  (2) 原告の損害額
 3 当事者の主張
  (1) 争点(1)ア(構成要件Fの充足性)について
     (原告の主張)
      構成要件F及びHにおける「接地線」とは,電気装置内の電流をアースするための,電気装置と大地までを結ぶ線(電気路)の呼称であり,一般にいわれているところのアース線と同義語のものである。したがって,被告製品は,構成要件Fを充足する。
     (被告の主張)
      本件発明は,構成要件Fにおいて「残りの接触子を接地線‥‥に接続する印刷配線パターン」と,また,構成要件Hにおいて「印刷配線板に設けられた上記接地線に接続された接地板」と,それぞれ定めている。したがって,本件発明における「接地線」とは,別紙「被告作成図」(本件公報中の第1図に加筆したもの)において「接地線」として示された,印刷配線板と接地板の間の接触子5bの長い部分,印刷配線板2から突き抜けた部分をいう。被告製品は,このような「接地線」を欠き,構成要件Fを充足しない。

  (2) 争点(1)イ(均等の成否)について
     (原告の主張)
      被告製品は,本件相違部分について,以下に詳述するとおり,最高裁判所平成10年2月24日第三小法廷判決の示す均等の成立要件をすべて満たしており,本件発明の技術的範囲に属する。
     ア 特許発明の本質的部分とは,明細書の特許請求の範囲に記載された構成のうち,当該特許発明特有の作用効果を生じさせる技術的思想の中核をなす特徴的部分であり,本件発明においては,従来より存在するピンとコネクタの電話配線を印刷配線板で行い,ピン群及びコネクタ群を直接印刷配線板に取り付けるとともに,接続子形プラグイン過負荷保護モジュールをこれらと絶縁ブロック上で接続可能とすることにある。したがって,本件相違部分は,本件発明の本質的部分ではない。
     イ 本件発明は,各電線を第1及び第2の無半田電線巻付けピンに案内区別するために,第1及び第2の無半田電線巻付けピンに平行して取り付けらた編み出し板という手段を採用したものであり,構成要件Eを被告製品における相違部分1に置換しても,同様の作用効果を奏するものである。

        また,本件発明は,接地手段として,印刷配線板に接地板を取り付け,その接地板が装置の盤架への固定手段を通じて接地する手段を採用したものであり,構成要件H及びIを被告製品における相違部分2に置換しても,同様の作用効果を奏するものである。
     ウ 各電線を第1及び第2の無半田電線巻付けピンに案内区別するために,第1及び第2の無半田電線巻付けピンに平行して取り付けた編み出し板を設けるか,切り欠きを有する整線切り欠き貫通孔を設けるかは,設計上の微差にすぎない。したがって,構成要件Eを被告製品における相違部分1に置き換えることは,当業者であれば,被告製品の製造時において容易に想到することができたものである。
        また,印刷配線板に接地用配線パターンを形成し,その接地用配線パターンと接続する接地用固定軸及びアース線接続圧着端子を通して接地する手段は,接地手段として,周知の手段である。したがって,構成要件H及びIを被告製品における相違部分2に置き換えることは,当業者であれば,被告製品の製造時において容易に想到することができたものである。

     エ  被告製品は,本件発明の特許出願時における公知技術と同一ではなく,当業者が公知技術から右出願時に容易に推考できたものでもない。
     オ 原告には,本件発明の特許出願手続等において,本件相違部分を有する製品をその特許請求の範囲から意識的に除外したなどの特段の事情も認められない。
     (被告の主張)
      被告製品は,本件相違部分について均等の成立要件を充足せず,本件発明の技術的範囲に属しない。
     ア 本件発明は,印刷配線板の裏面に設けた接地板により,印刷配線板に電圧に耐える機能(サージ耐量)を付与したところに本質的特徴を有する。局内保護用配線板が本件特許出願前から公知であったこと(乙第1号証参照)からすれば,本件発明の本質的特徴が,ピンとコネクタの電話配線を印刷配線板で行い,ピン群及びコネクタ群を直接印刷配線板に取り付けるとともに,接続子形プラグイン過負荷保護モジュールをこれらと絶縁ブロック上で接続可能とすることにあるということはできない。したがって,相違部分2は,本件発明の本質部分である。

     イ 本件発明の編み出し板は,多数の通信線を編み出し板の各穴に挿通してから取付ピンに接続しなければならず,そのためこの接続作業が繁雑になる。また,両側の多数の電線がブロックから外側に出てしまうので,多数のブロックが連続配置される交換設備では,電線束に太糸を巻きつけ引き止め整線する等の整線作業工程を別に要することになり,連続配置に不便である。他方,被告製品では,多数の通信線を多数の取付ピンに,それぞれまず接続し,その後切り欠き7aを介して各貫通孔7内にそれぞれ対応する通信線を押し込みだけで収容してまとめ,同時に整線することができる。また,収容した通信線の束を太糸等による整線作業を要せずに,多数の線をブロック内で収容処理することができ,交換設備における連続配置に便利である。このように,被告製品の貫通孔7は,本件発明の編み出し板とは作用効果が異なる。したがって,構成要件Eを被告製品における相違部分1に置換することはできない。
        また,本件発明においては,印刷配線板の裏面に設けた接地板によって印刷配線板の電圧耐量(サージ耐量)を付与しているが,被告製品においては,印刷配線板の電圧耐量を印刷配線板4内の設置用幅広肉厚パターン17によって保持している。したがって,構成要件H及びIを被告製品における相違部分2に置換した場合には作用効果が異なる上,このように置換することに当業者が容易に想到することもできない。
  (3) 争点(2) について
     (原告の主張)
      原告は,平成6年法律第116号による改正前の特許法52条に基づき,被告に対し,被告の上記特許権侵害行為によって出願公告日以降に受けた損害について,その賠償を請求できる。本件発明を実施して被告製品を製造する場合にこれに対し受けるべき実施料の額は,被告製品の販売額の5パーセントを下回ることはない。したがって,原告は,特許法102条3項に基づき,被告に対し,被告製品の販売金額3782万3250円の5パーセントである189万1162円を自己が受けた損害の額として,その賠償を請求する。

第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)ア(構成要件Fの充足性)について
  (1) まず最初に,構成要件F及びHの「接地線」という用語の意味について検討する。
      本件明細書においては,「接地線」という用語の意味について,明確に定義をした記載は存しないところ,本件発明に係る技術分野においては,「接地」とは,通常,アースと同義のものであり,電気装置の一部の静電位を大地の電位と等しく保ち,また過大電流が装置に入るのを避けるなどの目的で,電気装置などを大地と接続することを意味し,「接地線」とは,電気装置などを大地と接続する線路,すなわちアース線を意味する(広辞苑第5版,岩波理科学辞典第5版参照)。
      被告は,本件発明における「接地線」について,別紙「被告作成図」において「接地線」として示された,印刷配線板と接地板の間の接触子5bの長い部分,印刷配線板2から突き抜けた部分を意味すると主張する。しかし,本件公報(甲第1号証)によれば,被告が「接地線」であると主張する上記部分は,本件明細書の「発明の詳細な説明」においては,単に接触子5a,5cないし5fより長く形成された接触子5bの一部分として示されているにとどまり(本件公報4欄35行参照),これを「接地線」として扱うような記載はない。本件明細書の「特許請求の範囲」の記載からすれば,「接地線」は,本件発明に係る配線盤装置外にあって印刷配線パターンや接地板と接続するものと解するのが相当である。本件明細書の「特許請求の範囲」における「残りの接触子を接地線‥‥に接続する印刷配線パターン」及び「印刷配線板に設けられ上記接地線に接続された接地板」という記載によっても,「接地線」の意味を,前記のような通常の用語の意味に反して,被告主張のように解することはできない。

      したがって,構成要件F及びHの「接地線」とは,本件発明に係る配線盤装置を大地と接続する電気線路,すなわちアース線を意味するというべきである。
  (2) 被告製品は,別紙「物件目録」の記載から明らかなように,通信線路側無半田巻付けピン5と接触子3d,3fを接続する通信線路側用印刷配線パターン14,接触子3a,3cと交換機側無半田巻付けピン6を接続する交換機側用印刷配線パターン15,接触子3eを警報線に接続する警報用印刷配線パターン16,接触子3bをアース線に接続する接地用幅広肉厚パターン17(いずれのパターンも絶縁ブロック1の裏面側に密着されている。)を有する合成樹脂製印刷配線板4を備えている。したがって,被告製品は,構成要件Fを充足する。
 2 争点(1)イ(均等の成否)について

  (1) 特許権侵害訴訟において,特許発明に係る願書に添付した明細書の特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品(以下「対象製品」という。)と異なる部分が存する場合であっても,(1) 当該部分が特許発明の本質的部分ではなく,(2) 当該部分を対象製品におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,(3) 上記のように置き換えることに,当業者が,対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,(4) 対象製品が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれからその出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,(5) 対象製品が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,その対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
      前判示のとおり,被告製品は,構成要件AないしD,F,G,J及びKを充足するが,本件相違部分において,構成要件E,H及びIを文言上充足しない。そこで,被告製品が,本件相違部分の存在にもかかわらず,上記の均等の5つの成立要件(以下,それぞれの要件をその番号に従い「均等の要件1」のように表記する。)を満たすことにより,本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,その技術的範囲に属するものといえるかどうかについて検討する。
  (2) 均等の要件2(置換可能性)について
     ア 本件公報(甲第1号証)によれば,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,次の記載があることが認められる。
       a 「この発明は,接続子形プラグイン過負荷保護モジュールを電話用線路のピンとコネクタに接続する際に,経済的かつ誤配線がなく信頼性の向上を期るようにした電話用線路保安コネクタ配線盤装置に関する。通信線路,特に,電話回線においては,多数の集合された通信線路から電話局の交換局の機械側への接続は,膨大な数となるため上記接続子形プラグイン過負荷保護モジュールを接続するコネクタ配線盤装置には,正確な配線と十分な信頼性が要求されている。この発明は,上記の点にかんがみてされたものであり,従来より存在するピンとコネクタの電話配線を印刷配線板で行い,ピン群およびコネクタ群を直接印刷板に取り付けるととも,接続子形プラグイン過負荷保護モジュールをこれらと絶縁ブロック上で接続可能とすることにより,経済的であり,誤配線のない信頼性の高い電話用線路保安コネクタ配線盤装置を提供することを目的とする。」(本件公報2欄8行ないし3欄5行)

       b 「この発明の電話用線路保安コネクタ配線盤装置によれば,絶縁ブロックの相対向する周縁近傍に通信線路側および交換機側に接続する電線を巻き付ける無半田電線巻付けピンを植設するとともに,接続子形プラグイン過負荷保護モジュールを差し込む接触子を複数個埋設し,これらの接続子形プラグイン過負荷保護モジュールと無半田電線巻付けピンを絶縁ブロックの裏面側に密着させた印刷配線板に半田付けし,この印刷配線板に各接触子,無半田電線巻付けピン,接地線,警報線に至るまでの構成回路上必要な配線パターンを配線するようにしたので,接触片,無半田電線巻付けピン,接続子形プラグイン過負荷保護モジュールを一体的に実装することができ,経済性(判決注,「経済的」の誤記。)である。また,誤配線がなくなり,信頼性が向上するというすぐれた効果を奏するものである。」(本件公報6欄7行ないし23行)
     イ 本件明細書の「特許発明の範囲」の記載及び上記アで認定した「発明の詳細な説明」欄の記載を併せ考えると,本件発明は,接続子形プラグイン過負荷保護モジュールを接続する電話用線路保安コネクタ配線盤装置において,従来のものに比べて,接続構造上の無駄が省けるとともに,その接続の際に誤配線を防止し得るという作用効果を奏する,経済的で,正確な配線が可能な電話用線路保安コネクタ配線盤装置を提供することを目的とするものというべきである。
        乙第2号証,検乙第1号証,第2号証の1及び2並びに弁論の全趣旨によれば,被告製品においても,接続子形プラグイン過負荷保護モジュールを電話用線路のピンと接続するに当たり,従来のものに比べて,接続構造上の無駄が省けるとともに,その接続の際に誤配線を防止し得るという作用効果を奏し得ることが認められる。したがって,構成要件E,H及びIにおける本件相違部分を被告製品におけるものと置き換えても,本件発明の目的を達成することができ,これと同一の作用効果を奏するものと認められ,被告製品は,均等の要件2を充足する。

        なお,被告は,被告製品について,貫通孔7が切り欠き7aを備えていることにより,多数の通信線を多数の取付ピンに接続した後,切り欠き7aを介して各貫通孔7内に対応する通信線を押し込んで収容してまとめ,同時に整線することができ,また,交換設備における連続配置にも便利であり,本件発明と作用効果が異なる旨を主張するが,被告製品は,本件発明の作用効果を奏した上で,更に付加的な機能を備えているものであって,これによって被告製品が本件発明の作用効果を奏していないということはできない。
  (3) 均等の要件1(相違部分が本質的部分でないこと)について
     ア 均等が成立するためには,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品と異なる部分が特許発明の本質的部分ではないことを要するが,ここでいう特許発明の本質的部分とは,特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで,当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的な部分,言い換えれば,当該部分が他の構成に置き換えられるならば,全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。すなわち,特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にあるから,明細書の特許請求の範囲に記載された構成のうち,当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分が特許発明における本質的部分であると理解すべきであり,対象製品がそのような本質的部分において特許発明の構成と異なれば,もはや特許発明の実質的価値は及ばず,特許発明の構成と均等ということはできないと解するのが相当である。

        そして,発明が各構成要件の有機的な結合により特定の作用効果を奏するものであることに照らせば,対象製品との相違が特許発明における本質的部分に係るものであるかどうかを判断するに当たっては,単に特許請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に取り出すのではなく,特許発明を先行技術と対比して課題の解決手段における特徴的原理を確定した上で,対象製品の備える解決手段が特許発明における解決手段の原理と実質的に同一の原理に属するものか,それともこれとは異なる原理に属するものかという点から,判断すべきものというべきである。
     イ 以上の観点から,まず,相違部分1が本件発明の本質的部分ではないかどうかについて検討する。
        甲第1号証によれば,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,本件発明の「編み出し板」に関して,次の記載があることが認められる。

         「この電線編み出し板14は無半田電線巻付けピン3,4に電線15,16を巻き付けるための案内区別を容易にするためのものであり,この電線15,16は穴14aを通して,無半田電線巻付けピン3,4に接続をなす形状になっている。電線15の一端は図示しない通信線路に接続され,他端は上記電線編み出し板14の穴14aを通して,無半田電線巻付けピン3に巻き付けられている。同様にして,電線16の一端は交換機(図示せず)に接続されて,他端は電線編み出し板14の穴14aを通して無半田電線巻付けピン4に巻き付けられている。この際,穴14aが各接続子プラグイン過負荷モジュール7に対応して設けられているので,ケーブルから編み出された電線15,16を無半田電線巻付けピン3,4に容易に案内区別されるようになっている。」(本件公報5欄18行ないし34行)
        前記認定の本件発明の作用効果に本件明細書の「発明の詳細な説明」欄における上記の記載を併せ考えると,本件発明は,接続子形プラグイン過負荷保護モジュールを接続する電話用線路保安コネクタ配線盤装置において,従来のものに比べて,その接続の際に誤配線を防止し得るという作用効果を達成するための手段として,それぞれの接続子形プラグイン過負荷保護モジュール及びこれと印刷配線パターンによって接続された無半田電線巻付けピンに対応するような位置に穴を設け,各電線をこの穴に通すことによって,これを巻き付けるべき無半田電線巻付けピンを容易に案内区別できるようにしたものであり,このような穴をもって各電線とこれを巻き付けるべき無半田電線巻付けピンの案内区別を容易にするという構成を採ったことが,従来技術に見られない本件発明の特徴的部分の一つであるというべきである。そして,構成要件Eの「編み出し板」とは,このような穴が設けられた板状の部材を意味すると解すべきであるが,ここで板状の部材という構成を採用したことについては,従来技術との関係で格別の意味を有するものではないと認められる。そうすると,構成要件Eの「編み出し板」に関しては,それぞれの接続子形プラグイン過負荷保護モジュール及びこれと印刷配線パターンによって接続された無半田電線巻付けピンに対応するような位置に穴を設け,各電線をこの穴に通すという構成が本件発明の特徴的部分としてその本質的部分に当たるものであり,これに対し,その穴が設けられている箇所が板状の部材であるという点や,その板状の部材を無半田電線巻付けピンに平行して取り付けたという点は,いずれも本件発明の本質的部分に当たらず,これらの点を他の構成に置き換えても,本件発明の前記特徴的部分に表れた技術思想が及ぶものと解するのが相当である。
        これを本件についてみると,乙第2号証,検乙第1号証,第2号証の1及び2並びに弁論の全趣旨によれば,被告製品は,過負荷保護モジュール8,無半田電線巻付けピン5,6に対応するような位置に,切り欠き7aを有する整線切り欠き貫通孔7を備えており,この貫通孔に各電線を通すことによって,各電線とこれを巻き付けるべき無半田電線巻付けピンの案内区別を容易にしているものと認められる。そうすると,本件発明の構成と被告製品の構成の相違点は,結局,穴が設けられている箇所が絶縁ブロックとは別体の,無半田電線巻付けピンに平行して取り付けられた板状の部材であるか,絶縁ブロックそのものであるかという点にあるにすぎず(被告製品において各貫通孔に設けられた切り欠きは,各電線を案内区別するための構成ではなく,配線作業を容易にするための付加的構成にすぎない。),この点を被告製品における相違部分1の構成に置き換えても,全体として本件発明の技術的思想と別個のものと評価されるものではない。したがって,相違部分1は,本件発明の本質的部分ではないというべきである。

     ウ 次に,相違部分2が本件発明の本質的部分ではないかどうかについて検討する。
        甲第1号証によれば,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,構成要件H及びIの「接地板」,「盤架」及び「固定する手段」に関して,次の記載があるほか,他に何ら記載のないことが認められる。
         「印刷配線側の裏面側において,無半田電線巻付けピン4に隣接する接続子形プラグイン過負荷保護モジュール7を取り付ける接触子に対応して,接地板8が取り付けられている。この接地板8に対応する列の各接触子5bは他の接触子5a,5c〜5fより長く形成され,この接地板8に半田付けされている。この接地板8は圧着リベット9により金具10に締結されている。この金具10はこの発明の電話用線路保全コネクタ配線盤装置を盤架(図示せず)に固定するためのものである。かくして,盤架自体に接地することにより,接地板8に対応する列の接触子5bはこの接地板8,圧着リベット9,金具10を通して,接地されることになっている。」(本件公報4欄31行ないし5欄1行)

        前判示のとおり,均等の要件1にいう特許発明の本質的部分とは,特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで,当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的な部分をいう。しかるに,本件明細書の「特許請求の範囲」の記載に上記認定の「発明の詳細な説明」欄の記載を併せみても,本件発明の電話用線路保安コネクタ配線盤装置における接地の経路として,各接触子5b,接地板8,「固定する手段」たる圧着リベット9及び金具10,盤架の順で接地されるということが示されているにとどまり,本件明細書には,「接地板」,「盤架」及び「固定する手段」についての構成が,前記認定の本件発明の作用効果との関連において,その技術的思想の従来技術に見られない特徴的部分であることを示すに足りる記載はない。そうすると,構成要件H及びIにおける「接地板」,「盤架」及び「固定する手段」の構成は,これを被告製品における相違部分2の構成に置き換えても,単に接地の経路が変更されるだけであり,本件発明の作用効果との関連において,全体として本件発明の技術的思想と別個のものと評価されるものではない。したがって,相違部分2は,本件発明の本質的部分ではないというべきである。
        この点,被告は,「接地板」の技術的意義について,印刷配線板に電圧に耐える機能(サージ耐量)を付与したものであり,本件発明の本質は,印刷配線板の裏面に設けた接地板により,印刷配線板にサージ耐量を付与したところにある旨を主張する。しかし,本件明細書には,接地板のこのような機能について示唆する記載は一切なく,被告の上記主張を裏付けるに足りる証拠はない。被告の主張は,採用できない。
     エ 以上によれば,本件相違部分は,いずれも本件発明の本質的部分ではなく,被告製品は,均等の要件1を充足する。
  (4) 均等の要件3(容易想到性)について
      各電線とこれを巻き付ける第1及び第2の無半田電線巻付けピンの案内区別を容易にするための穴を設けるについて,ピンに並行して取り付けられた板状の部材である「編み出し板」を備えることに代えて,絶縁ブロックに貫通孔を備えるという構成にすることは,結局,穴を設ける箇所を絶縁ブロックと別体の部材とするか絶縁ブロック自体とするかという違いにすぎないものであって,何らかの工夫を要するというものでもなく,これが当業者にとって格別困難なものであるということはできない(前記のとおり,被告製品の各貫通孔に設けられた切り欠きは,付加的構成であるから,その構成容易性は,本件発明との間での均等の成否を判断するに当たっての容易想到性の判断には影響しない。)。

      また,電話用線路保安コネクタ配線盤装置における接地経路として,接地用接触子,接地板,装置を盤架に固定する手段,盤架という経路に代えて,接地用幅広肉厚パターンの端部,接地用固定軸,アース線接続圧着端子という経路にすることも,当業者が設計事項として任意に決定し得るものであって,当業者にとって何らの困難も想定できない。
      したがって,被告製品の製造時において,当業者は,本件相違部分を被告製品におけるものと置き換えることに,容易に想到することができたというべきであり,被告製品は,均等の要件3を充足する。
  (5) 均等の要件4について
      被告製品の構成については,それが本件発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれからその出願時に容易に推考できたものであることにつき,被告において具体的な公知技術との関係でこれを主張して争うものではなく,これをうかがわせるに足りる事情も証拠上認められない。

  (6) 均等の要件5について
      本件において,各電線とこれを巻き付ける第1及び第2の無半田電線巻付けピンの案内区別を容易にするための穴を設けるについて,絶縁ブロックに貫通孔を備えるという構成を採ることや,電話用線路保安コネクタ配線盤装置における接地経路として,接地用幅広肉厚パターンの端部,接地用固定軸,アース線接続圧着端子という経路にすることが,本件発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的除外されたものに当たるなど,均等の成立を妨げる特段の事情については,被告において具体的な事情を主張して争うものではなく,そのような事情の存在をうかがわせる証拠もない。したがって,被告製品は,均等の要件5を充足する。
  (7)  以上によれば,被告製品は,本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,その技術的範囲に属するというべきである。

 3 争点(2) について
    前判示のとおり,被告製品が本件発明の技術的範囲に属するものと解される以上,被告が本件特許権の出願公告日である平成2年2月7日以降平成12年1月までの間に被告製品を製造・販売していた行為は,本件特許権を侵害する不法行為に当たり(平成6年法律第116号による改正前の特許法52条1項,2項参照),原告は,被告に対し,その特許侵害行為によって受けた損害の賠償を請求できるというべきである。
    原告は,特許法102条3項に基づき,本件発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額を,自己が受けた損害としてその賠償を請求するものであるが,本件発明の属する技術分野,被告製品の単価,製造販売に係る数量及びその期間,配線盤装置の需要状況,被告会社の事業規模など,本件訴訟に提出された全証拠及び弁論の全趣旨により認められる諸般の事情に加え,平成10年法律第51号による特許法改正によって現行の特許法102条3項の規定が新たに設けられた趣旨をも併せ勘案すれば,本件発明を実施して被告製品を製造する場合に受けるべき金銭の額に相当する額としては,被告製品の販売額の4パーセントと認めるのが相当である。そうすると,原告は,被告に対し,被告製品の販売金額3782万3250円の4パーセントに当たる151万2930円を自己が受けた損害の額として,その賠償を請求できるというべきである。

 4 結論
    以上によれば,原告の請求は,151万2930円及びこれに対する不法行為の後の日である平成12年2月25日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
    よって,主文のとおり判決する。


   東京地方裁判所民事第46部

      裁判長裁判官       三    村    量    一

         裁判官        村    越    啓    悦

 裁判官中吉徹郎は,転任のため署名押印できない。

      裁判長裁判官       三    村    量    一



          物  件  目  録

 別紙第1図ないし第5図,下記「図面及び符号の説明」並びに「構成の説明」に記載した配線盤装置(「TD−83保安器システム装置」)
               記
第1 図面及び符号の説明
(図面の説明)
 第1図 過負荷保護モジュールを外して示す平面図
 第2図 底面図
 第3図 過負荷保護モジュールを取り付けて示す側面図
 第4図 接地構成部分における部分拡大断面図
 第5図 絶縁ブロック端部整線切り欠き貫通孔部斜視図
(符号の説明)
 1 絶縁ブロック(1aないし1e)
    マトリックス部(1a),通信線路側無半田巻付けピン部(1b),同側整線切り欠き貫通孔部(1c),交換機側無半田巻付けピン部(1d)同側整線切り欠き貫通孔部(1e)

 2 マトリックス状に形成した所定数(6個)を1単位とする挿入孔(計20単位)
    各1単位につき,内2個(2a,2c)を交換機用,同2個(2d,2f)を通信線路用,2bを接地用,2eを警報用の各挿入孔とする。
 3 所定数(6個)を1単位とする接触子(計20単位)
    内2個(3a,3c)を交換機用,同2個(3d,3f)を通信線路用,3bを接地用,3eを警報用の各接触子とする。
 4 合成樹脂製印刷配線板
 5 通信線路側無半田巻付けピン
 6 交換機側無半田巻付けピン
 7 切り欠き7aを有する整線切り欠き貫通孔
 8 過負荷保護モジュール(計20個)  
 9 警報端子
 11 接地用固定軸
 12 アース線接続圧着端子
 14 通信線路側用印刷配線パターン
 15 交換機側用印刷配線パターン
 16 警報用印刷配線パターン

 17 接地用幅広肉厚パターン
第2 構成の説明
 1 絶縁ブロック1
    絶縁ブロック1は,過負荷保護モジュール8を挿入する挿入孔2を設けたマトリックス部1a,通信線路側無半田巻付けピン5の取付部1b,両側延長部の整線切り欠き貫通孔部1c及び1e並びに交換機側無半田巻付けピン6の取付部1dからなっている。
 2 挿入孔2と接触子3
    各1単位の挿入孔2(2aないし2f)には,各1単位の接触子(3aないし3f)を埋設している。
 3 パターン
  (1) 各1単位の挿入孔2についての印刷配線パターン
     ア 交換機側用印刷配線パターン15によって,接触子3aと3cを2本の交換機側無半田巻付けピン6に接続する。
     イ 通信線路側用印刷配線パターン14によって,接触子3dと3fを2本の通信線路側無半田巻付けピン5に接続する。

     ウ 警報用印刷配線パターン16によって接触子3eを警報端子9に接続する。
     エ 印刷配線パターン14,15は,1単位内で他の各印刷配線パターンと相互に絶縁し,かつ,他の単位のパターンとも絶縁している。
        印刷配線パターン16は,1単位内で他の各印刷配線パターンと相互に絶縁しているが,他の単位に存する個別警報端子とは導通している。
  (2) 全単位の挿入孔2について接地用幅広肉厚パターン17
      全単位(20個)の各挿入孔2の各接触子3bに共通して接続する接地用幅広肉厚パターン17を設けている。この接地用幅広肉厚パターン17は第2図に示すとおり,各線路とも幅が広く,かつ肉厚も厚い印刷配線パターンとなっている。この接地用幅広肉厚パターン17は,印刷配線パターン14ないし16と絶縁している。
  (3) 前記3個の印刷配線パターンと接地用幅広肉厚パターンを4層構造にして1枚の合成樹脂板として構成し,絶縁ブロック1の下面に配している。

 4 接地
    接地用幅広肉厚パターン17の端部2箇所で接地用固定軸11を接続し,さらにアース線接続圧着端子12,アース線を経て接地している。