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司法研修所の話

松本直樹 (御連絡はメールでホームページの末尾にあるアドレスまで。)
初出: 『法律相談所雑誌』(確か1998年版)
ウェブページ掲載: 2003年3月21日

 (2003年3月21日: パソコンのファイルを色々と見ていたら、懐かしい文章を見付けました。私のパソコンのHDには、古いものもそのまま入っているのです。弁護士になって3年目の頃の文章で、大学のサークル(法律相談所)の雑誌に書いたものです。懐かしんで、ここに掲載しておきます。)

1. はじめに

 まず、自己紹介から始めましょう。私は、現在、アンダーソン・毛利・ラビノウィッツ法律事務所という、いわゆる渉外法律業務を中心とした事務所に勤務している3年生の弁護士です。

 弁護士になりこの事務所で仕事を始めて既に2年余りが経ち、どんな仕事があるものなのか、それなりには知るようになりましたが、なにしろ、大きな事務所の雇われ弁護士に過ぎませんので、自分の信用でお客さんが来るというわけでもなく、この業界の状況を語るようなことは出来ません。こうした訳で、御依頼いただいた題材は、少々私には過ぎたもので、文字通りには扱いかねます。題材からは多少外れることにもなりますが、学生の皆さんを読者と想定して、研修所以降二年半で見えるところということで書いてみたいと思います。

2. 研修所での進路選択

 研修所では、裁判官・検察官・弁護士のいずれになることも自由に選択できるようになっているわけですが、検察官はともかく、裁判官というと誰でもなれるという雰囲気では在りません。まあ、この雑誌の読者の場合、東大・若手の修習生として、裁判教官に強力に勧誘されること間違いない方ばかりと思いますが。

 湯島の研修所での修習(最初と最後の4か月づつ)は、10クラスに別れて(その期の人数によって異なりますが、1クラス50人内外になるわけです。)行われるので、ちょうど高校時代と似た感じです。ただし生徒は大分老けていますが。この各クラスに、5人の教官(民事裁判、刑事裁判、検察、民事弁護、刑事弁護)がそれぞれ割り当てられます(なかなか贅沢な教育環境です。因みに、弁護教官は本来の弁護士業務があるのに加えての仕事であるのに対し、裁判教官および検察教官はフル・タイムの仕事ですので、ここはちょっとバランスが取れていない面があります。そこで、ちょっと穿って見れば、特に検察教官については、検察官を採用するのも重要な仕事、ということにもなります。)。

 司法修習というのは、修習生と法曹の3つの職種のお見合いのようなところがあります。裁判教官にしても検察教官にしても、修習生とのお見合いに備え、それぞれに魅力的な人材を投入しているように思います。

 実務修習では、全国の各地方に別れることになりますので、同じ修習地ですと本当に各人物がよく分かるという感じになります。

 そうした中で、誰が何になるのか、なるべきなのか、自ずと各人にもまた同期生にも分かって来ます(やはり裁判官になるのは、真面目でよく勉強していてしかも常識があって、彼(女)の判断ならもっともであると思わせるような人でなくては……、ということです。)。

3. 私の場合の選択

 私は、もともと駒場では理科1類でして、法転した際に既に弁護士になる予定に決めておりましたので、その点はさほどの迷いはなかったのですが(もっとも、裁判官はなかなか魅力的だと思いましたが)、この分野の事務所に就職したのは、多分に偶然によっています。

 技術関係のことが好きでしたので、これが生かせるように特許関連の仕事を専門にしている事務所を、と考えていたのですが、御紹介をいただいて訪問したりはしたのですが、どうも御縁がなかったようです。

 今いる事務所に決めたのは、熱心にお誘いいただいたことと、国際的な仕事というのちょっと格好よく見えたから、という位のものだとも言えます。もう少し真面目に言えば、世の中で広く国際化が説かれる中で、こうした業界の弁護士さん以外の弁護士さんというのは、まったく国際性がないように見え(これは私が実務修習をしたのが東京ではないからでもあります。)、渉外業務の事務所の方が開けた世界が覗けるのではないかと考えた、ということです。

4. 近頃の傾向

 法相名簿を見ただけでお分かりになると思いますが、近頃この業界に就職するのが大変はやっています。東大の若手合格者は、研修所の平均に比べて裁判官になる率が高いわけですが(これは、既述の「適性」に適っているためです。)、ここ3〜4年については、裁判官でなければ渉外弁護士、という位になっている感さえ在ります。

 これは、国際化にともない現に需要が増加しており、これに伴い優秀な若年者を各事務所が競争で採用しようとしていることによると思われます。事務所の側から若年者に人気があるのは、余り何度も試験に落ちた人よりは優秀であろうということに加えて、外国語(普通は英語)で仕事が出来るように勉強をし直さなければなりませんが、これに適応するには若い方がよいと考えられていることによります。こうした人材は一般的にいって、裁判所の方でも是非裁判官に採用したいと考えているわけで、渉外事務所は近時研修所裁判教官の恨みをかっているとも言われています。

 昨年は、マスコミでの扱いからもこの業界が流行っていることを感じたものでした。といっても、有名女性と結婚した人がたまたま続いたためにすぎないようでもありますが(だから何だと言うわけでもありませんが、宝塚出身の女優さんと結婚したのは当事務所の弁護士さんですし、NHKのキャスターと結婚したのは私の同期生でした。)。

5. 渉外弁護士の仕事

 仕事を始める前に考えたことと、ひどく違うというところはありません。日本での法律事務に、外国関連であることによって広がった部分が加えられている、という感じです。

 ただ、皆さんがなんとなく想像されるかもしれない渉外弁護士のイメージとは、少々違っているとも思われます。世界に繋がった仕事をしているはずなのですが、私は事務所の外に出ることが殆ど無いのです。

 これは良く考えていただくと割りと当たり前のことです。海の向こうのお客さんが多いわけですが、こっちから行く場合というのはそう多くはありません。日本の渉外弁護士の最も一般的な仕事は、外国のお客さんの日本での事業のお手伝い、です。これは、我々は日本の弁護士で日本の法律のプロであり、外国の法律について有効なアドバイスが出来るわけはなく、したがって、渉外と言っても日本の法律が問題となる国際的な事項が対象となる、ということによります。日本企業の外国での仕事のお手伝いという仕事もありますが、そうした場合には我々は翻訳くらいにしか役に立たないわけで、ちょっと気のきいた会社なら、仮に必要な場合でも自分でやります。

 そこで、お客さんは海の向こうが本拠であるとはいえ、日本での事業のために来日する必要があるのが当然で、直接話をするというときは、事務所にきていただくということになります。そうすると、国内の会社であれば先方に出向いて、という事もあるであろうところが、まず無くなります。

 次に、これは訴訟が多くないことと関係がありますが、普通ならある執行の立会いとかすらも、殆ど有りません。

 以上は、現在までの私はそうだというだけで、世界中を飛び回っている人も勿論いますし、私だってこれからどういう仕事をすることになっていくのか、決まっているわけではありませんが、どちらかというと、弁護士の中では割りと裁判官に近い職業生活だと言えるかも知れません。この辺りも、裁判教官の恨み? をかう原因になっているのでしょう。

6. 展望

 初めに書いたように、厳密に「展望」するのは無理ですので、私のなんとなく持つ見通しを記してお茶を濁させていただきます。

 渉外弁護士業務という枠組みで言えば、今後とも需要は増えていくのではないかと思われます。国際化の進展が逆行することはないと思われるからです。ただ、既述のように、現状では渉外業務は特別扱いで一部の弁護士さんだけがしているという感じで、その仕事も一般の弁護士さんとは明らかに違っているわけですが、これからはもっと普通のことになっていくのだと思います。外国関連の事件を扱う弁護士が増えると同時に、一般的に言う弁護士の仕事も今のように法廷が専らというのではなくなっていくのではないでしょうか。

 現状で言えば、多少脅かしてでも交渉をまとめる、というのが上手な人は、渉外業務より一般の民事の弁護士のほうが向いているし本人dにとっても面白いでしょう。そうした面も十分考えてもらいたいと思いますが、また、この分野も特殊なものではなくなっていくであろうという点からは、そうした人材も必要とされているのかも知れません。


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