H12.10.26 東京高裁 平成12(ネ)2147 特許権 民事訴訟事件


平成一二年(ネ)第二一四七号 特許権侵害差止請求控訴事件(平成一二年九月五日口頭弁論終結。原審・東京地方裁判所平成一〇年(ワ)第一一四五三号)

         判    決
          控訴人(被告)     フルタ電機株式会社
        代表者代表取締役    古   田   幹   雄
          訴訟代理人弁護士    高   橋   譲   二
          補佐人弁理士      竹   中   一   宣
          被控訴人(原告)    株式会社親和製作所
          代表者代表取締役    山   口   茂   夫
          訴訟代理人弁護士    松   本   直   樹
          補佐人弁理士      野   末   祐   司


         主    文
    本件控訴を棄却する。
    控訴費用は控訴人の負担とする。


         事実及び理由
第一 控訴人の求めた裁判
 「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。」との判決。


第二 事案の概要
 一 被控訴人(原告)は生海苔の異物分離除去装置に係る本件特許権(発明の名称・生海苔の異物分離除去装置。特許第二六六二五三八号)を有しているが、控訴人(被告)の製造販売する海苔異物除去機(被告製品)が本件特許発明の特許請求の範囲に記載された構成要件を文言上充足するか、又はこれと均等であることを理由にその製造販売行為の差止め及び廃棄を求めた。原判決は、被告製品の構成は、本件特許発明の特許請求の範囲に記載された構成要件B「この環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし」のうち、「環状枠板部の内周縁内に第一回転板を」「クリアランスを介して内嵌めし」という構成と異なっているが、被告製品は、本件特許発明と均等と認められるものと判断し、被控訴人の請求を認容した。

 二 事案の概要は、原判決の事実及び理由中の「第二 事案の概要」の「一 争いのない事実」及び「二 争点及びこれに関する当事者の主張」の項に示されているとおりである。

第三 当裁判所の判断
 当裁判所も、被告製品は、本件特許発明1及び本件特許発明2と均等のものであり、控訴人の被告製品の製造販売行為は本件特許権を侵害するものであると判断するものである。その理由は、控訴理由に即して以下に判断する以外は、原判決の事実及び理由中の「第三 争点に対する判断」の項に示されているとおりである。
 一 控訴理由における主張(要点)
  1 構成要件該当性について
 本件特許発明の構成要件Bの「クリアランス」は第一回転板と環状枠板部との間の隙間であるが、回転板は高速で回転する結果、この回転に伴って渦とは別にクリアランスの延長方向である垂直方向に直線的な水流が発生する。これに対し、被告製品のような隙間の場合は、斜め下方に向かって直線的な水流が発生する。
 そもそも、本件特許発明が目的とするのは、渦を形成して遠心力により比重の大きい異物は底隅部に集積させる点にあるから、回転板の回転によって海苔より比重の大きい異物を底隅部に集積させるような水の流れを形成する必要があり、このような水の流れを形成する構造でなければ、本件特許発明の技術的範囲に属しない。しかるに、被告製品では隙間が斜め下方に向けて形成されているため、回転板の回転により、隙間出口より底板及びタンク底隅部に直接向かう強い水流が発生し、この水流はタンク底隅部の水を上方及びタンク中心部へと逆に送り出す働きをする。この結果、被告製品では、タンク全体として水、海苔、異物が完全に混濁した状態で撹拌されていることになり、本件特許発明の目的である比重の大きい異物が底隅部に集積するということはおよそあり得ない。被告製品のこのような隙間は、比重の大きい異物は底隅部に集積させるような水の流れを妨げるので、本件特許発明の「クリアランス」には該当しない。

 被告製品では、水と海苔と異物が完全に混濁しており、遠心力による渦の形成が妨げられている。この結果は、被告製品の環状枠板部と回転板との位置関係ないし構造もあずかったものであるから(回転板の外周縁部に垂直方向に段差があるため、強い水流が発生してタンクの外壁に衝突し、水の表面部で中心方向への逆向きの水流が発生する。)、被告製品は、本件特許発明の構成要件Bの「略面一の状態」も充足するものではない。
  2 均等論の適用について
 本件特許発明の中核をなす特徴的部分とは、「比重の大きい異物は底隅部に集積させる作用効果を発揮する」構成である。
 被告製品では、前記のとおり、本件特許発明におけるクリアランスのように隙間が鉛直方向(垂直上方向)ではなく、斜め下方(タンクの底隅部の方向)に向いており、また環状枠板部と回転板が「略面一の状態」ではないため、タンクの底隅部から上方及び中心へ向けて水流が逆流し、遠心力による渦の形成が妨げられ、水と海苔と異物が完全に混濁した状態になるので、比重の大きい異物が底隅部に集積するということもなく、本件特許発明とは異なる作用効果を奏する。

 したがって、本件特許発明と被告製品とは作用効果において全く異なっており、また、その原因が本件特許発明の特許請求の範囲に記載された構成中の被告製品と異なる部分にあることは明らかであって、それが本質的部分であるというべきであるから、均等と認めるべき要件に欠ける。
  3 本件特許権の無効
 本件特許発明の特許請求の範囲は、その内容が発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が実施することができるようには記載されておらず、特許法三六条四項又は六項に違反してされた特許であり無効事由が存する。控訴人は、平成一二年七月二七日、右の事由を理由にして本件特許に関し無効審判を請求し、現在特許庁において審理中である。
 二 控訴理由に対する判断
  1 控訴理由のうち1及び2の主張は、被告製品では、回転板の回転により、隙間出口より底板及びタンク底隅部に直接向かう強い水流が発生し、この水流はタンク底隅部の水を上方及びタンク中心部へと逆に送り出す働きをするものであり、また、回転板の外周縁部に垂直方向に段差があるため、強い水流が発生してタンクの外壁に衝突し、水の表面部で中心方向への逆向きの水流が発生するのであって、その結果、タンク全体として水、海苔、異物が完全に混濁した状態で撹拌されていることになり、本件特許発明のように回転板により形成される渦の遠心力により比重の大きい異物が底隅部に集積するということはおよそあり得ないとの事実主張を前提にするものであり、控訴人は、この事実を証明するために乙二三の一ないし四、乙二四ないし二七を提出する。

  2 これら乙号各証は、いずれも「原藻中の異物分散状態確認試験」と題する実験報告書であり、被告製品(回転板が一個のダストールFD‐380C及び回転板が二個のダストールFD‐380S)に海水(比重一・〇三)、原藻(海苔、比重一・〇二)及び異物を混入して種々の条件の下で回転、撹拌した場合に、異物がタンク内でどのように分散しているかについて、撹拌されている混入液流を半径方向に内側、中間、外側と、上下方向に上層部、中間部、底部と区分した九つの位置で、原藻及び異物をポンプ吸引又は金網で採取し、異物の分散状態を確認した実験の報告書である。そのうち乙二三の一ないし四は、異物として原藻と比重のほぼ等しいヒメハマトビムシ(通称・エビ)や海草の茎、木屑等を混入した実験報告書であり、乙二四ないし二七は、異物として原藻より比重の大きいポアセタール樹脂成型用チップ(比重一・三三)及び貝殻(比重二・六一)を混入した実験報告書である。
 これら乙号各証によれば、これらの実験が誠実に行われたものであることは推認することができるが(ただし、これら乙号各証においては、異物の平均個数及び平均比率の算出方法に誤りがある。本件口頭弁論終結後に提出された前田持作成平成一二年九月六日付け報告書参照)、他方、実験結果の評価に当たっては、撹拌中の混合液流における前記九つの位置は現実には必ずしも截然と区分することが容易でない場合があり得ることや、原藻と異物とを採取するためにポンプや金網を入れることによる撹拌中の混合液流に乱れが生じ得ることなども考慮すべきものである。
 そして、右乙号各証によれば、これら実験の諸条件が異物の種類(比重)、回転数(速い、標準、遅い、ゆっくり)、液位(多い、標準、少ない)、採取方法(ポンプ吸引、金網)等多様であるため、実験結果を一律に評価し難い面はあるものの、全体的な傾向としては、採取された異物の数は、内側が零であるか又は極端に少なく、それに対し外側が最も多いという結果になっている例がほとんどであると認められ、上下の位置においては、採取された異物の数が上層部、中間部、底部によりあまり変わらないか、上層部の方が多いという例もあるが、底部が最も多い比率となっている例が多数みられる。もっとも、前記九つの位置のうち、外側底部における異物の数が最も多いとは限られない結果となっていることも認められる。

  3 これらの実験結果のうち、液位(水位)、回転数とも標準とする条件(試験番号bT)の下における数例について具体的にみると、以下のような結果となっている。

 乙二三の一の実験(FD‐380C、回転板一個、原藻と比重のほぼ等しい異物、ポンプ吸引)では、異物の数の比率(%)は、@内側〇、中間一三・三、外側八六・七、A上層部三三・三、中間部二六・七、底部四〇・〇、B最多位置は外側上層部の三三・三で、外側底部は二六・七である。
 乙二三の四の実験(FD‐380S、回転板二個、原藻と比重のほぼ等しい異物、金網採取)では、異物の数の比率(%)は、@内側二〇・〇、中間二二・〇、外側五八・〇、A上層部二〇・〇、中間部八・〇、底部七二・〇、B最多位置は外側底部の三四・〇である。
 乙二六の実験(FD‐380C、回転板一個、比重の大きい異物、金網採取)では、異物の数の比率(%)は、@内側〇、中間一八・七、外側八一・三、A上層部三三・六、中間部三二・一、底部三四・三、B最多位置は外側上層部の三三・六で、外側底部は一五・七である。

 乙二七の実験(FD‐380S、回転板二個、比重の大きい異物、金網採取)では、異物の数の比率(%)は、@内側九・九、中間三七・七、外側五二・三、A上層部三九・一、中間部一九・九、底部四一・一、B最多位置は外側上層部の二〇・五で、外側底部は一一・九である。

 右のような標準的な具体例からも明らかなように、異物の数は、一般的には半径方向では内側が極めて少なく外側が多い。上下方向では底部が多いが上層部も相当多く、位置としては外側上層部及び外側底部が多い。したがって、前記乙号各証が実験の結論としているように「異物はすべての領域に万偏なく分散されている」とは到底いうことができず、むしろ相当明確な分離がされているということができ、被告製品においても、回転板の回転により生じる回転流(渦)の遠心力により、異物は外側の底部又は上層部に集積するものと認めることができる。
  4 以上のとおりであって、右各実験報告書におけるいずれの実験結果も、外側底部(個数を示す数値表の右下セル)を軸として外側の列、底部の行に異物が分布しているものが大部分となっていることが明らかであり、被告製品においても、回転流(渦)の遠心力により異物が分離されているということができる。確かに、これらの実験結果では、被告製品において、外側底部にのみ異物が明らかに顕著に集積する結果をみることはできないが、これら実験においては、前示のとおり、撹拌中の異物採取に伴う混合液流の乱れが生じ得るほか、異物がある程度以上多くまた原藻の粘着性が高いものが使用された場合であるとすると、異物が外側底部にある程度溜まった段階で、それ以外の異物はそれよりも上側又は内側に溜まる傾向が生じることも否定することができないのであり、右のことから直ちに、控訴人が主張するように、被告製品においては回転板によって生じる回転流(渦)の遠心力により異物が分離されることはないと認めることはできない。

 すなわち、右乙号各証によっても、本件特許発明の構成要件Bとは異なる被告製品の構成(被告製品1については、環状枠板部の最も内側の部分と回転盤3の最も外側の部分とが上方から見て一致し、隙間4が回転盤3の下側の面と選別ケース6の外側上部の面との間に設けられている構成、被告製品2については、回転盤3の最も外側の部分が環状枠板部の最も内側の部分よりも外側にあり、隙間4が回転盤3の下側の面と選別ケース6の外側上部の面との間に設けられている構成)によって、すなわち、控訴人が具体的に主張するところに従えば、被告製品では隙間が斜め下方に向けて形成されている構成等によって、水流が、異物に対する関係で、回転によって得られる自明の理である遠心力に抗するほどに、本件特許発明の構成によるものと異なるものとなることを認めるに足りず、他にこれを認め得る証拠もない(乙二八及び三〇によってもこれを認めるに足りない。)。
 したがって、前記実験結果にみられる数値をもってしても、被告製品においては、水と海苔と異物が完全に混濁した状態になるので、本件特許発明の目的である渦の遠心力により比重の大きい異物が底隅部に集積するということはおよそあり得ない、との控訴人主張事実を認めることはできず、この主張事実を前提とする控訴理由の1、2の主張はすべて理由がない。
  5 本件全証拠によるも、本件特許権が明らかに無効であると認めることはできず、控訴理由3の主張も理由がない。


第四 結論
 よって、被控訴人の請求を認容した原判決は相当である。
     東京高等裁判所第一八民事部


         裁判長裁判官    永   井   紀   昭

            裁判官    塩   月   秀   平

            裁判官    橋   本   英   史