Last Modified: 2007年01月14日23時44分 、ウェブページ掲載: 2005年11月15日(随時加筆予定)

フィリップス事件大法廷判決について
Phillips v. AWH Corp. (Fed. Cir., July 12, 2005) (en banc)

By 松本直樹 (御連絡はメールでホームページ(http://homepage3.nifty.com/nmat/index.htmの末尾にあるアドレスまで。)

 2005年11月10日の東大の知財研究会でレポーターをさせていただきました。その際の話を簡単にまとめておきます。

  資料へのリンク: 私の配付資料2005年7月12日の大法廷判決そのエラータフィリップスの特許の公報、以上のリンク先(私のサイト内のキャッシュ)はPDFです。2004年4月8日のパネルの判決はhtmlで見ることが出来ます、こちら(FindLaw)そのキャッシュ
  参考: 豊栖先生の独り言のページ矢部さん翻訳そのキャッシュ

2007年1月14日加筆: この件についての拙稿「フィリップス事件と日本から見た米国侵害訴訟の注意点」を、知財管理誌に掲載していただきました。それを、ここに掲載しました。

1. 概要

 原告フィリップスのUSP4,677,798の発明品は、プレハブ刑務所の壁モジュールである。特徴は、表面と裏面の間に「バッフル (baffle)」が入っていること。このバッフルで、強度を高めるとともに、斜めに入っていることで弾丸が表面を貫通しても逸らせる事ができるとされている。

 被告の物は、“バッフル”が90度になっている。そのため、弾を逸らせる働きがない(外側から普通に入射した弾丸は、そもそも“バッフル“に当たらない)。地裁は、112条6項適用として非侵害の結論。CAFCのパネル(ローリーとニューマンの多数意見)は、112条6項は否定した上で、でも90度ではここで言う「バッフル」に当たらないとして非侵害(原審維持)。

 大法廷では、内部証拠を重視すると説示しながらも、クレーム2が角度を規定しているのにクレーム1は無いこと(侵害が主張されたのはクレーム1などだけで、クレーム2の侵害は主張されていない)、90度の“バッフル”でも強度のためには役立っていること、などを指摘して、該当し得るとして破棄差戻。

2. 争点とその結論

 大法廷で審理となった際に、CAFCは7つの質問事項を提起して、当事者およびアミカス・キュリィのブリーフを募りました。その決定。この際に取り上げた争点は、端的に言えば、クレーム解釈に際して、明細書や審査経過などの内部証拠(intrinsic evidence)を重視するのか、それとも辞書などの外部証拠(extrinsic evidence)を重視するのか、ということです。なお、審査過程で検討されていない先行技術も、外部には違いないですが、ここでいう外部証拠はそういうものではありません。

 ここで、後者の辞書証拠重視説は、より分かりやすく言うと、こういうことです: 辞書の定義に当てはまりさえすればOKであって、それ以上の限定は考えない。

 これに対して、前者の内部証拠重視説では、もっと狭く考えるわけです。狭いと言っても、それは私には当たり前のことだと思うのですが、“ここで言う「バッフル」というのは、こういう物のことだ”という種類の議論を認めると言うことです。本件では、外からの弾丸に対してのバッフルというのを考えているわけですから、外からの弾丸に対してバッフルとして働く物でなくてはいけません。こう言うと、余りにも当たり前の話ですよね。限定と言ってもそれだけの話です。

 大法廷で取り上げたのは、これをスッキリさせる趣旨だったはずなのですが、今回の大法廷判決では必ずしもそうなりませんでした。説示においては内部証拠重視説が支持されており、テキサスデジタル事件判決に対して批判ないし制限する議論がかなり詳細に述べられています。ですから、一応の結論は内部証拠説と言うべきなのだとは思います。

 ところが、それでいて事案の結論は侵害肯定、つまり辞書説と同じなのです。これではスッキリしないと言わざるを得ません。

 そういう結論になったについては、クレーム2の存在が大きいです。クレーム2は、1の従属項で、こちらではバッフルの角度を規定しているのですね。だったら、内部証拠としてこの点を重視して、1の方では無限定だ、としたのです。また、90度のものでも、明細書の説く効果の一部は果たしている(補強の点で)、などが言われています。

 しかし、こうした claim differentiation は、主張されることはままあるものの、普通は認められない議論ではないでしょうか。従属項が実質的に同じでも構わない話だからです。そして、本件の被告のこの部分が補強の働きをしていても、それではここで言う「バッフル」ではあり得ません。弾丸に対して逸らす働きをするのがここでのバッフルのハズです。

3. 日本から見た争点の位置づけ

 日本から見ると、本件で取り上げている争点は、一段階ずれています。日本であり得る解釈は、せいぜい内部証拠説です。仮に、クレームの文言自体は或る程度まで抽象的に書かれているのを前提としたなら、むしろ、もっと狭いです。狭くなるのは、審査段階で検討されていない先行技術があるときです。日本では、そうした先行技術による無効を回避するようにより狭い範囲をとることが伝統的になされてきており、現在の可能性は、そうした狭い解釈か、それとも内部証拠説か、という範囲です。現在の米国では、内部証拠説か、それより広いか、というところが可能性になっているわけで、ずれています。

 重要な相違は、日本での解釈では、先行技術を一般的に考慮することです。少なくともキルビー最判以前は、これは普通の解釈であり、またそうする必要がありました。現在では、米国と同様に、そうした証拠は専ら無効の理由とすれば足りるとの考えもあり得るるわけですが、そう徹底されてはいないのが現状だと思います。

4. 判例としての意義

 判例としての意義は結局どうなるのか、というのが最大の問題点ですね。これは、それなりに多義的だと思います。

 内部証拠重視の説明をし、辞書重視説のテキサスデジタル事件を批判もしくは制限する議論をとっては居るのですが、しかし結論は、辞書説と同じです。これでは、前者に基づく内部説判例と議論できるものの、同時に、結論を重視して辞書説の実質を見出すことも可能です。

 また一般論としての説明に付いてみても、内部証拠を重視するとは言っているものの、辞書などを排除する訳ではありません。

 これらを“合理的にまとめる説明”の可能性としては、ひとつには、 claim differentiation だけを尊重したのだ、そういう内部証拠説なのだ、という理解があり得ます。そう考えるなら、この争点に決着をつけるケースとしては、選択が余り適切でなかったということにもなるでしょう。

 他の可能性としては、内部証拠説といっても極力読み込まない、かなり控え目の内容なのだ、という理解も考えられます。判決は、明細書のリミテーションを持ち込まないとも言っているのであり、その程度の内部証拠説なのだとも理解できます。

5. 改版履歴

 2005年11月15日 ウェブページ掲載。私の配付資料に見るように、日本企業の敗訴例の考察に役立つケースと思うとの話もしたのですが(それでセガadvコイルの話をしました)、それについては追って書き足します(出来たら)。

以上
http://homepage3.nifty.com/nmat/PhillFedIB.htm
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