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クロス・ボーダー・インジャンクションについて

松 本 直 樹
初出: 新日本法規 現代裁判法体系第26巻『知的財産権』46頁

 上記の本の1節(第4問)として書いた文章です。特許権の効力に関する国際的問題とも関係しています(私にこの問が割り当てられたのは、この論文を書いていたことが理由ですね、明らかに)。

 (04年9月20日(月)加筆: 9. 間接強制の中に、間接強制が国内の差止に普通に出されているという話を記しました。)

問 日本企業が米国特許権を有している場合に、他の日本企業の米国における製造・販売の差止および損害賠償を求めて日本の裁判所に訴えることができるか。相手方が米国企業の場合はどうか。また、日本の裁判所に間接強制等を求めることができるか。

目次
1. 背景
2. 問題の概要
3. 前段の場合の国際裁判管轄
4. 四極管事件
5. 抵触規定の問題ではないとする考え方
6. 米国法に関連した問題
7. 差止請求
8. 被告が米国法人の場合
9. 間接強制
10. あとがき(HTML化に際して(1999年4月16日))
11. 引用文献および裁判例


1. 背景  目次へ戻る

 近時、EUでのクロス・ボーダー・インジャンクションが関心を呼んでいる(以下の記述にあたっては、基本的[知財協会]に依拠し、加え[岩田1]およ[グリンワルド]を参考にした)。これは、EU域内の裁判所が、EU域内の他国の特許権に基づいてその他国での行為を対象として差止命令を発するというものであるが(国境を越えた差止命令であるからクロス・ボーダーという訳である)、特にオランダの裁判所が積極的である。オランダの裁判所は、クロス・ボーダーの差止命令を発することがあるというだけではなく、そのための手続きも非常に迅速に行われているため、特許権者にとって利点が大きく特に注目されている。

 EU内では、ブラッセル条約またはルガノ条約があり(クロス・ボーダー・インジャンクションの関係では両条約に違いはない)、各国の裁判所の管轄権やEU内の他国の裁判所の判決などの承認および執行について規定されている。しかし右条約には、特許権に基づくクロス・ボーダー・インジャンクションに関する規定が特にある訳ではなく、オランダの裁判例でも被告の住所地(domicile)の管轄権を認める条約2条に主に基づいて管轄があるとしているに過ぎない。このため、特許権についてのクロス・ボーダー・インジャンクションが許されるものかどうか、EUの内部でも議論があるのはもっともである。現にイギリスの裁判所における近時の裁判例では、これを否定したものがある[岩田2]に紹介がある)。この裁判例では、被告が特許の無効を主張した場合の取り扱いを特に問題とした。すなわち、条約16条が、特許等の登録または有効性に関する審理について登録国の裁判所の専属管轄を規定しており、被告が抗弁として特許権の無効を主張していたので、この条項によりイギリスの裁判所には管轄権がないとしたのである(オランダでの実例は、いずれもオランダ法の規定する略式差止訴訟手続きによっており、同手続きでは無効を判断しないことになっているため、この問題を回避している。事実として無効であろうと見られる場合には、単に命令を発しないことになると説明されている)。

 なお現状では、EU全体に一体的に独占権をもたらす共同体特許(CPC)は未だ発効しておらず、欧州特許(EPC)があるのみで、オランダでの実例も特許権にかかるもので周知のものはいずれも欧州特許についてのものである。欧州特許の場合には、出願手続きは欧州共同のものとして進められ、その結果、クレームを含む明細書を共通とする欧州特許権が複数の国において成立する。しかし、登録段階以降は指定された各国において各国の特許権として取り扱われる。たとえば無効とされる場合は各国毎の手続きによる。このために、右記のようにイギリスの裁判所が重視したような問題も生じる。これに対して、共同体特許が発効した場合には、クロス・ボーダー・インジャンクションをめぐる問題状況にもそれなりの変化が生ずるものと思われる。共同体特許の場合には、イギリスの裁判所が問題とした無効判断についての問題性は解消されることが期待される。しかしそれでも、侵害行為に対する裁判手続きとしてのクロス・ボーダーの性格は残り得るので、それなりの特殊性ないし問題性は残存することが考えられる。

2. 問題の概要  目次へ戻る

 本問は、EU内部のような条約がある訳でもない状況での、特許権に基づくクロス・ボーダーでの損害賠償請求および差止請求の可否を問題とするものである。これは、問題状況がまったく異なっていると考えることもできる。しかしまず国際裁判管轄について言えば、オランダの実例で根拠とされている条約の条項は、単に住所地の管轄を認めているに過ぎない。これならば、我が国の国内法および国際的に承認される原則から認められるところと違いはない。また、オランダ等において条約が議論されるのは、現に条約があるからというに過ぎず、それが無ければクロス・ボーダー・インジャンクションが認められ得ないということを意味するものではない。3.で詳論する。

 次に実体法的な問題を考える。特許権については、属地主義の原則がとられているということに異論はない。すなわち、特許権はそれを付与した国における独占権を与えるものであるが、これはあくまでもその国の中における実施行為に対するものであって、その国とまったく関係が無い他の国での行為に対しては何の効力も持たないものである。

 本問では、米国特許権の米国における侵害行為が問題とされているから、右の属地主義の原則からは、侵害とされ得ることに問題はない。しかしながら、通常であればこうした事案は米国の裁判所によって救済が与えられるものであり、それを日本という他国の裁判所がなすことが認められるかどうかということが、本問の問題ということになる。これは、域外救済の問題と呼ぶことが出来る[雨宮]の用語法による)。

 以下では、両当事者が日本企業である場合(本問前段の場合)のうちの損害賠償についてをまず検討し(3.で国際裁判管轄について、4.および5.で実体法選択について、6.で米国法に関係した問題点について)、ついで、差止請求について、被告が米国企業である場合について、間接強制について、それぞれに特に生ずる問題性を補充して検討する(7.ないし9.)。

3. 前段の場合の国際裁判管轄  目次へ戻る

 本問のような国際性のある案件については、まず、わが国の裁判所が(外国との関係において)果たして裁判をなす権限を有するものかどうか、ということが問題となる。国際裁判管轄の問題である。

3.1 学説

 逆推知説と配分説との対立があるとされる。逆推知説とは、わが国の民事訴訟法の土地管轄の規定によっていずれかの裁判所の管轄が認められる場合には、それがそのまま日本の国際裁判管轄を肯定するということになるとする見解である。この見解を徹底させる場合には、国際裁判管轄の問題を特別には認識しない、または国内事件の場合とまったく同様に土地管轄を扱うという見解となる。これに対して配分説は、各国の裁判権限の国際的配分という観点から我が国の裁判権を考える必要があるとし、この意味では日本の民事訴訟法を根拠とすることはできない(民訴法の土地管轄の規定のいずれかに該当する場合であっても、国際裁判管轄はこれとは関係がなく、そもそも裁判権が否定されることがある)とする見解である。

 かつては、日本の民事訴訟法の土地管轄規定の立法においては、国際的な裁判権限の配分というものは考慮されていないものとの歴史認識を前提として、配分説の議論に説得力があった。しかし近時においては、現実には立法段階において、土地管轄の規定から国際的な裁判権の配分をも扱う趣旨であったことが指摘され、逆推知説の説得力が高まっているように思われる(最近の議論とし[藤田]は、国際裁判管轄を限定する見解を非常に強い調子で論難するが、相当の説得力がある)。国際的にみても、配分説の説くような控えめな裁判管轄権を自国の法律とするのは一般的ではないように言われる(同前)。

3.2 判例

 [マレーシア航空事件最二判](1981年)では、外国法人が被告である事案において、日本国内に営業所を有することで裁判権が認められ得るかが問題とされ、結論としてはこれが肯定された。判決は、「本来国の裁判権はその主権の一作用としてされるものであり、裁判権の及ぶ範囲は原則として主権の及ぶ範囲と同一であるから、被告が外国に本店を有する外国法人である場合はその法人が進んで服する場合のほか日本の裁判権は及ばないのが原則である。」とした上で、しかし条理にしたがって例外的に裁判権の及ぶ範囲について、「わが民訴法の国内の土地管轄に関する規定、たとえば、被告の居所(民訴法二条)、法人その他の団体の事務所又は営業所(同四条)、義務履行地(同五条)、被告の財産所在地(同八条)、不法行為地(同一五条)、その他民訴法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、これらに関する訴訟事件につき、被告をわが国の裁判権に服させるのが右条理に適うものというべきである。」と結論した。

 これは結論としては、一定の限界を付しつつも逆推知説を取ったものと言える[澤木=道垣内]など)。もっとも、前段で日本の裁判権の及ぶ範囲を論ずる一般論が議論されていることから、この判例を配分説を基本として採用したものとする説明も見られる[木棚1])。しかしそうした受け取り方は、少なくとも実際的ではない。国際的裁判管轄を問題とする必要を表明しているとはいえ、結局のところ逆推知説を採っているには違いないからである。

 その後の下級審の裁判例には、右最判を前提としつつも、「特段の事情」の認められる場合には、民訴法の土地管轄の規定に該当する場合でも日本の国際裁判管轄を認めないとしたものがいくつかある。そし[最三判平9]は、ドイツ在住の被告に対する契約上の金銭債務の履行を求める訴について、義務履行地としての土地管轄が一応は日本に認められるが、契約当時の状況などから我が国の国際裁判管轄を否定するべき「特段の事情」があるとし、こうしたアプローチを是認した。これが現在の判例法であると言える。

3.3 本問の場合

 本問の前段の場合は、問題となる特許権が米国のものであるとはいえ、当事者はいずれも日本企業である。被告は日本企業であるからその主たる事務所が日本にあるので、民訴法四条による管轄が認められる。よって、[マレーシア航空事件最二判]の論旨によれば、原則通りで当然に日本の国際裁判管轄権が肯定されたところである。しかし、米国の特許権を事案の内容として含んでおり、ここに本問の問題性がある。

3.3.1 管轄否定説

 現在の判例法(特に前出[最三判平9])を前提とすると、これを「特段の事情」として国際裁判管轄が否定されるとの議論もあり得るかも知れない。また[土井1]は、次に説明す[四極管事件東地判]の評釈において、同事件のような場合には日本の国際裁判管轄が否定されるとするが、その論拠は、(1)「クレイム」解釈の困難、(2)懲罰的損害賠償を含む特許法に定める救済を与えなければならないこと、(3)無効主張の対処の困難、の3点である。

3.3.2 基本的な検討

 そもそもが、右(1)から(3)のような理由を含めて考えても、外国特許の侵害事件であることが「特段の事情」として裁判権を否定する可能性があるものかどうか、非常に疑問である。「特段の事情」は、原則に戻って裁判権を否定するものとしての「事情」である。すなわち、[マレーシア航空事件最二判]が例外的に裁判管轄が認められるとした民訴法の土地管轄に該当する場合でありながら、なお国際裁判管轄を否定する「事情」として議論されたものである。ところが、本問前段の場合は日本企業が被告であり、右判示によれば原則通りで日本に裁判権があるものである。この場合に管轄を否定するような「特段の事情」を認めるというのは、たと[最三判平9]を前提としても、現行の判例法の論理の枠から外れるものである。

 実質的に考えてみても、損害賠償請求を最終的に成就させるためには、被告の本国での執行こそが確保される必要がある。それなのに、いくら内容の判断において難点があるといっても、被告の本国での裁判を否定するというのは妥当とは考えにくい。

3.3.3 3点についての検討

 次に[土井1]の指摘する3点について検討する。(1)の指摘は、なるほどもっともではある。しかしこれは、外国法を適用する場合には、外国法解釈の困難としていつでも生じている問題と同種の事項である。これを理由として裁判権を否定するというのでは、いつでもそうしないといけないことになってしまうのではなかろうか。さらに、他の種類の事件と比べていうなら、特許事件では万国共通の技術が重要であり、解釈がむしろ容易であるという議論もあり得る。

 (2)で問題とする懲罰的損害賠償等については、なるほど、日本では本国と違ってこれを認めないということになることが考えられる(現[萬世工業事件最二判]は懲罰的損害賠償を内容として含む米国での判決の日本での執行をその部分について否定した)。しかし、そのように考えるとしても、法例33条によってその点だけを排斥すればよく、全面的に却下してしまう必要はない。この場合、日本での訴訟はそれだけ原告にとって不利なものとなる訳であるが、それでも原告が日本での訴訟を選択するというのであれば、問題とする必要はない。

 (3)は、確かに困難な問題である。しかし、それで管轄が否定されるというのは疑問である。ここで前提としているのは、被告の本国として基本的に日本に裁判権があるとしか言いようのない場合なのである。それなのに、判断を下すのに難しいところがあるといって管轄を否定するというのは、どういう根拠によるのか疑問である。

 なお、特許無効の主張に対しては、これを判断するべきである[茶園1](この文献は、本問に関するドイツでの状況全体について解説していて、極めて参考になる)74頁は、侵害訴訟では無効判断をしないドイツとの関係においても、日本の裁判所が侵害訴訟を担当する際には無効判断をするべきことを説くが、本問のように米国との関係では、本国でも侵害訴訟で無効判断をするのであるから、妥当な結論を下すために、まして当然である。この場合の無効判断は、後の訴訟における判断を拘束しないであろうが(もっともそれはその裁判所(おそらくは本国である米国の裁判所)の判断次第ではある)、その事件限りでも無効判断をする意味はある。また拘束しないからこそ判断しても良いのだとも言える(この意味では1.で紹介したオランダでの手続きと実質的に違いはない。なお、イギリスの裁判所は条約16条の解釈として専属管轄としたわけであるが、侵害の問題の前提として審理することまでを専属と解するべきではなかったと思われる)。

3.3.4 管轄を認める実益

 域外救済のための管轄権を認めれば、複数国での特許侵害をまとめて審理できる実益がある(管轄だけではなく、実体法的にも特許権と特許法の適用を肯定して不法行為の成立を認める必要があるが、これらを認めなかった後述[四極管事件東地判]に対する評価として、現時点ではいずれも認める見解ばかりである)。これにはもちろん、同一内容の特許権がそれぞれの国で成立していることが前提となる。1.で紹介したオランダでの実例はいずれも、オランダを含む複数のEU加盟国の特許権およびその侵害が問題とされていたケースであり、一括審理することが訴訟経済に適うという実益があった。もっとも、本問のケースそのものでは、米国特許だけが前提とされているから、一括審理ということにはならないが、しかしそれで管轄を否定する根拠にもならないと思われる。

 ちなみに米国の場合は、こうした実益をあげることが難しい。連邦裁判所と州裁判所の間の権限分配の問題があるためである(後に6.でさらに検討する)。ドイツでは、或る意味で同様の分担が裁判所間であるものの、外国特許権にかかる事件もドイツの特許権についての事件と同じ裁判所が担当するように運用されているので、一括審理が可能となっているということである[雨宮]554頁)。

 また[雨宮]549頁は、ライセンス契約において、特許権を付与した国以外の国の管轄が合意されている場合に、契約上の紛争に併せて侵害訴訟を審理できるという実益を指摘する。

3.3.5 結論

 本問で問題とするような外国特許権の侵害事件だからといって、損害賠償請求事件について我が国の裁判権が否定されるとは考えられない。一般的な見解としても、次に説明す[四極管事件東地判]の評釈を含めて、国際裁判管轄を肯定する見解が圧倒的である。

 なお、右で検討した以外にも、次のような議論も検討の必要があるかも知れない。すなわち、外国の特許権の行使は、不動産を直接の目的とする訴訟が所在国の専属管轄に服するというのと同様に、その特許権を付与した国で審理されるべきである、という議論である。しかし、不動産の場合でも、それを直接の目的とする場合(すなわちその権利の帰属を争う場合)はともかくとして、侵害に基づく損害賠償請求については専属管轄という議論はない。特許権の場合には、管轄を排除する原理はそもそも存在せず、まして管轄は否定されない(損害賠償についてはもちろん、差止請求についても同様である。ただし、本問からは外れるが、特許権の帰属をあらそう訴については議論の余地があると思われる)。

 また、裁判権限が認められる以上は、当然に裁判がなされるべきであり、裁量的に却下してしまうような議論は日本の民訴法では根拠が見付けられない。さらにこの関係では、本問のような場合に日本で訴訟をすることは、被告にとっても一般的には便宜に適っていることも考慮すべきである。

4. 四極管事件  目次へ戻る

 日本の裁判権を前提とすると、現在の一般的な考え方によれば、次には、どこの国の実体法が適用されるべきなのかという、抵触規定ないし国際私法が問題となる(具体的には、それを定める法例のいずれかの条項が適用されるべきと考えることになる)。後述のように、実はこの問題においては抵触は存在しないと思われるのだが、そうした考えは少なくとも表面上は一般的でない。

4.1 裁判例

 この種の事件を扱った裁判例として広く知られている唯一のものが[四極管事件東地判]である。この事件では、原告は、原告の有した満洲の特許権を被告が満洲で侵害したとして損害賠償を請求をした。これに対して東京地裁は、法例11条1項によれば「原因たる事実の発生したる地の法律」が原則として適用されるので満洲の法律が適用されて満洲の特許権の侵害となるべきところであることを前提として(この前提は判決文には現れていないが、11条2項を問題とする以上は他には理解しようがない)、満洲の特許権は日本法上認められるものではないので同条2項の「日本の法律に依れば不法ならざるとき」に該当することになり(法例11条2項は「前項ノ規定ハ不法行為ニ付テハ外国ニ於テ発生シタル事実カ日本ノ法律ニ依レハ不法ナラサルトキハ之ヲ適用セス」と規定している)、この結果として請求は認められないとした。

 この裁判例は、踏襲されるべきものとは考えられない。現に、知られた評釈はすべて判旨に反対している。確かに、満洲の特許権は日本法上認められないから請求棄却、とするのは妥当とは考え得ない。満洲での特許権はそもそも満洲だけのものであることを前提としているのだから、それがそのまま日本で通用するものでないのは当然であり、そんなことを理由にして満洲での侵害行為との関係でも(日本の裁判所による)救済を認めないことにしてしまうのは妥当とは考えられない。

4.2 学説

 本件の評釈であ[山田1]は、もっぱら法例11条2項の適用を批判し、同条1項の適用については一応の言及をして議論をしない。この点からは、外国特許権の問題にも法例11条が適用されるべきとする点では、判旨に賛成しているように見える。さらに[山田2]は、「工業所有権の侵害に関する問題は法例11条の不法行為の問題と見られるべきであり、不法行為地法が準拠法となる。」とする[田中1][田中2][林脇]も同様である。

 これに対して、外国特許法の適用は法例11条の問題ではないとする見解もある[紋谷]は、保護国法が当然に適用されるのであり、これは法例11条によるのではないとする(ベルヌ条約5条2項3文参照とされるが、それ以外の根拠は示されていない)。また[木棚2]は、保護国法説にたって、その根拠をパリ条約2条および3条に求める見解を検討し、結局これを必ずしも妥当でないとする。なお、前出[山田2]も、「工業所有権の準拠法」としては保護国法主義を妥当とするのであるが(338頁)、その侵害については前記の通りである。

 右の両見解は、実際に対立するものと考えられているようである。現に[中野]は、そのように説明している。

4.3 検討

 [山田1]は、四極管事件の事案においては法例11条2項が適用されるべきではないとするが、その論証を見ると、「満州国における満州国特許権の侵害行為」が2項で取り上げられるべき「事実」であるからとしている。こうした事実が日本法(日本の不法行為法)においても不法行為となるのであれば、2項のいう「不法ナラサルトキ」にはあたらず、結局請求が認容されるべきであるとする。

 しかし批判的に検討すると、右の「事実」は、普通の意味でいう事実ではない。この「事実」を取り上げた場面では、既に満洲特許法が選択されて適用されてしまっている。右の議論では、「満州国における満州国特許権の侵害行為」が「『外国ニオイテ発生シタル事実』そのもの」であるとし、判決は「満洲国で登録された特許権を日本で侵害する」という事実を仮定しての議論をするもので、条件命題を規定している訳ではない法例11条に従っていないという。しかしここでの事実そのものは、満洲における問題のラジオの販売行為等である(事案については次にもう少し詳しく説明する)。そこに日本法を適用するなら侵害行為とは言えなくなることが明白であるように思われる(ただしこの事案では相応する特許権が日本でも存在するため、これが存在しない通常の場合とは違ってこの点では侵害行為となる可能性もある訳だが、しかし日本特許については許諾をしているから、結局は通常の場合と同じく侵害は成立しない)。こ[山田1]の議論では、判決を法例11条1項適用の点では論難していないのだが、実は内容的には、特許法の選択の場面で法例11条1項を適用するのかどうかこそが、判決を批判することになる理由であるように思われる(筆者自身も[拙稿]の論考でこうした問題を検討した際には考察が至らなかった)。

 逆に考えてみて、右のような「事実」の把握の仕方をして良いとするなら、彼の地で不法行為とされる行為の保護法益を「権利」と名付けさえすれば、その権利の「侵害」が日本法で不法行為とされ得る、とすることでどのような場合でも11条2項の適用を排除することが出来そうである。判決は「法廷地において行われた場合において不法行為を構成しないにかかわらず、行為地において認められる権利だからといつて、その侵害を不法行為なりとすれば、外国法による不法行為を内国において裁判上主張せしむるにつき、法廷地法たる内国法の干渉を認めた法例第十一条二項の規定の趣旨を没却するに至るであろう。」(864頁)とするのであるが、右のような思考実験をすると、この批判が的を射たものに見えてくる。

4.4 結論

 結局[山田1]などは、満洲特許法の適用と満洲特許権を認めるに際しては、法例11条1項を根拠としている訳ではないと見るほかない。そうすると、結局[紋谷]などと同様であるように思われる。なお、前記の通[山田2]では、「工業所有権の準拠法」としては保護国法主義が妥当とされており、こちらの方が問題点に応答しているように思われるのだが、侵害については違うことになっている。

 このように、実質において、法例11条1項による訳ではないことに共通なのだが、しかし、それでは何が根拠なのか、またそれはどういう内容なのか、まったく不明な状態である。

4.5 国際的消尽

 なお、本件判決の結論は、実は別の理由によってなら賛成できる可能性がある[石黒]に指摘があるように、国際的消尽である。本題とは外れるが、少し検討しておく。

 右では極く簡単にしか事案を紹介しなかったが、もう少し詳しく事実経過を紹介すれば次の通りである。侵害行為と主張されている被告による満洲での実施行為というのは、被告(松下)が日本で訴外会社(東芝)から真空管(四極管)を購入して製造したラジオを満洲に輸出して販売したことなのであるが、実は原告は、東芝に日本の特許権について実施許諾をしているのである。すなわち原告は、四極管にかかる発明について日本と満洲の両方で同一内容の特許権を有していて、本件で行使しようとしているのはこのうちの満洲での権利なのであるが、日本での権利については、東芝に実施許諾しているのである。以上の事実関係は、原告も争っていない。これを前提として被告は消尽を主張しているのであるが、原告は事実は争わずに国際的消尽の成立だけを争い、満洲特許権については許諾していないのでこれについての侵害が成立すると主張している。判決は、法例11条2項により請求棄却としたので、結局この点に関しては判断を下していない。

 こうしてみると[BBS事件最判]に見る現在の日本の判例法を前提とすると、国際的消尽の成立によって請求棄却となる事件だったように見える。判決が「日本の法律を適用するときは」「不法行為の成立すべき余地がない。」(864頁)とする際には、こうしたこともあるいは意識の片隅にあったかも知れない(判決文の論理にはそうした考慮はないが)。

 もっとも、満洲特許権の事件であるから、この点も満洲法によるべきとも思われる[BBS事件最判]は、国際的消尽の成否を「専ら我が国の特許法の解釈の問題」とする)。その場合の結論がどうなるのか、またそもそもそれをどうやって認定するのか、大いに問題点が残るところではある。さらに、内容から考えると、こうした問題については法例11条1項および2項を適用して、満洲の法律と日本の法律の両方が重畳的に適用される(すなわち、両方で国際的消尽を認めないという場合に限って不法行為が成立するとする)のがもっともなようにも思われる。しかし、この点についてだけ法例11条の適用を認めるというのも解釈技術的には随分と奇妙なことになるであろう。

5. 抵触規定の問題ではないとする考え方  目次へ戻る

 さて、国際的な特許侵害事件においては、特許法については法例11条などの抵触規定は問題とならないとする考え方が、議論の内容を検討すると右のように実は一般的であると思われる。しかし、意識的に論じられてはおらず、その根拠も内容の詳細も明白でない。以下では、これを再検討してみる。簡単にまとめれば、こうした問題においては、抵触規定が必要とされるような国際間での法の抵触が存在しておらず、そもそも国際私法の出番はないと考えるのが妥当だと思われる、ということである。外国特許権の侵害を認めるべきであるという結論において基本的には差はないが、論理的な違いがあり、また適用の場面によっては実益もある。

5.1 特許法および特許権の内容

 各国の特許法およびその下で認められる特許権は、その国における発明の実施の独占権を内容とするものである。その国の特許権によって認められるのがその国の中での独占権であることは、米国特許法では明文規定がある。すなわち、米国特許法271条(a)項(35 USC 271(a))は、「合衆国内での」無許諾での製造などの行為が侵害に当たると規定している[茶園2]には、米国著作権法の領域性原則が、結局は立法者意思の問題とされるなどの説明があるが、ここでも実体法自体の問題であることが前提となっているように見える(なお、同論文は外国での行為に対する救済の米国での状況についても説明しており、本問にとって全般的に参考になる)。

 日本の特許法においては、米国のような明文規定は無い。しかし、特許法69条2項1号の規定などからいって(同号は「単に日本国内を通過するに過ぎない船舶若しくは航空機」等には特許権の効力が及ばないと規定する)、やはり当然に前提とされているものと思われる。

 このように、各国の特許法は、その実体法としての内容自体として、その国の特許権による独占権は国外には及ばないとしていると考えることが可能である。

5.2 抵触規定の必要性に対する疑問

 そもそも抵触規定としての国際私法というのは、何故に存在の必要があるのであろうか。それは、相互に抵触する法規範が存在すればこそ、そのうちの何れが適用されるべきものかを決する必要が生じるということだと思われる。この必要に応えるのが国際私法である。そして、法の相互に抵触がおこるのは、いずれの法規定も場所に関して普遍的なものだからである。こうした法の相互間では、抵触規定としての国際私法というものが必要となる。

 これに対して、特許法および特許権の内容を右5.1のように考えた場合、各国特許法は相互に抵触するものではない。そうすると、特許法に関しては、抵触している法の間で抵触規定に従って適用関係が決せられると考える必要はない。ちょうど、この場所は駐車禁止、あの場所は駐車可能、という矛盾のない1つの実体法秩序がありそれを適用するのと同じである。この場合には、いわゆる国際私法は不要である。

5.3 この考えに従う場合の判断方法

 この考え方に従う場合には、国際的な侵害事件においては、行使が主張される或る国の特許権について、その独占権が、侵害行為であると主張されている行為に及ぶものであるかどうかが検討されることになる。この判断は、第一次的には、法廷地の国際私法ではなく、検討される特許権の根拠となっている特許法(実体法)に従ってなされる。

 こうした考えをとった場合でも、国際私法の出番がまったく無くなるという訳ではない。各国の特許法がそれぞれに定める自身の独占権の地理的範囲を、法廷地法として承認できるかどうかという問題が残る。この範囲が、完全に自国の内部にとどまっていれば、これが承認されることに問題がない。しかし、実際には多少とも広がりがある[拙稿]で議論したように、特許権が成立する国へ向けた他国での製造行為などがそれ自体で賠償責任を生じさせるという法制があり(実際に米国特許法271条(b)項(35 USC 271(b))はこうした規定となっている)、これを他国から認めるかどうかというのは国際私法の問題となり得る(実際この場合には他国の法との衝突があると見ることも出来よう)。私見では、日本の特許権についても同様の一種の域外適用を認めるべきであり、右の米国のようなものももちろん承認するべきであると考える。

5.4 予想される批判の検討と右の考えの実益

 以上のような考えに対しては、いろいろな批判が考えられる。たとえば、右で実体法の内容とした、特許権による独占権が認められるのは特許が認められたその国の中に限られる、というのを国際私法によって帰結するのが、通常の考えなのだ、という批判があるかも知れない。

 しかし、現実の(国際私法の問題であるとする)議論はそうしたものとして成功してはおらず、単に根拠が見失われているだけであるように見える。筆者の見解は、これをあからさまに議論しようというだけだと考える。

 この状況は、次のようにも言える。この問題の根本は、法例11条2項が現代において適切なものではないことにある[四極管事件東地判]に見られる解釈は、外国の規制法規違反のたぐいはすべて日本の法廷では不法行為としての救済を与えないという解釈として、実は法典自体の文言には素直なのかも知れない)。これの適用場面を限定しようとする解釈がいろいろとあり(主観的要素だけがここで問題とされるとか、違法性だけだとかとする説など)[山田1]などの解釈は、実はそうしたものと同類の解釈と理解できる。この点で妥当なものと考えられるが、少なくとも表面上の説明は余り論理的に成功していないように思われる。本稿での議論は、その内容を再構成しようとするものである。

 さらに、こうした考察をして初めて解明できる問題があり、その限りでこうした考えには実益があると思われる。それは、複数国にまたがった実施行為についてである。結論的には、(他者の)特許権による独占権がある国において、実施行為がなされた場合には、その限りで侵害が成立する。その国で行われているのが実施行為の準備などにすぎないのであれば、これは独占権に抵触する行為ではなく、違法な侵害とされることはない。

5.5 外国法適用の根拠

 また、こうした考えに対しては、外国法(具体的にはここでは米国特許法)を適用する日本法上の根拠はどこにあるのか、それが出来る根拠が積極的に存在する必要がある、という議論があり得る。

 しかし、民事訴訟において外国法を適用することは、国際性のある案件ではむしろ通常のことである。法例の規定もこれを前提としており、特別な場合に外国法を適用することを認めているというよりは、国々の法の中からどう選択をするかを定めるという規定の仕方になっている。それにしても法例の規定を無視する訳にはいかないが、法例33条は少なくとも文理的には一般的な外国法の適用の可能性を認めているように読むことが可能である(一般的には、法例3条以下の抵触規定の適用の結果、外国法が適用されるべき場合を対象として、その中から公序良俗に反する場合には適用を排除するという意味だと読むものではあるが)。

 さらに、事案を担当した裁判所としては、外国法の適用云々が問題となるというよりは、事案の解決が1つの責務となると見る必要があると思われる。法例は、国際的な抵触がある場合について、その責務を果たすための方策を示しているのであり、抵触が無い場合について法例の条文に拘泥しなければいけないというものでもあるまい。

 それでも、特許法に関しては違うという議論も、歴史的には可能なものであったであろう。あるいは、四極管事件も、そうした考えがあっての結論だったのかも知れない。すなわち、特許法によって独占権を与えるのは産業政策的な考慮によるのであり、他国の産業政策に裁判所が助力する必要はない、という訳である。これは言い換えれば、特許法は一種の公法である、ということになるであろう。特許法に産業政策的な背景があることは確かであるが、しかし現代の特許権は、私権として成立していることに疑問の余地はなく、こうした議論の可能性はないと思われる。

6. 米国法に関連した問題  目次へ戻る

 本問では特に米国特許権が対象となっているが、この場合に特有の次のような議論もある。

6.1 米国内での管轄配分

 米国連邦民訴法1338条(28 USC 1338)は、特許侵害事件などについて連邦裁判所の専属管轄を規定するが、これが外国の裁判所の管轄を否定する意味をも有しているのだ、という議論があり得る。この条文は、直接的には、米国内の州裁判所の管轄権を否定するものである(条文上も明記されいるのはこの点だけである)。しかしながら、州裁判所の管轄権も否定しているくらいだから、外国の裁判所の管轄はもちろん否定しているのだ、という議論もあるかも知れない、ということである。

 しかし、右規定はあくまでも州裁判所の管轄を否定するものであり、外国の裁判所に関するものでないことは文言上明白である。それを外国の裁判所の関係にまで及ぶものと解釈するべき合理性はない。

 また、そもそも、米国法によって日本の裁判所の権限が左右されるべきではない。実体法について米国法に従うのとは違う。

6.2 米国での状況

 [雨宮][拙稿]に紹介されているように、米国では[オルトマン対スタンレー事件判決]以降、一般的には米国の裁判所が外国の特許権の外国での侵害を審理することに問題は無いとされている。しかし、その実例を余り見ない。これには、米国では右のように連邦裁判所と州裁判所の権限分配があるために、米国特許の侵害事件と外国特許の侵害事件を一括審理するのに障害が生じることがあることが一因となっているように思われる。外国特許事件は原則的に州裁判所が管轄するべきところ、米国特許事件は連邦地裁の専属管轄であるから、州裁判所が一括審理することは出来ない。州裁判所が外国特許事件だけを扱うなら問題はないが、それでは実益がある場合は少ない(日本企業にとっては、米国市場は非常に重要である場合がままあるが、米国企業にとっては、外国市場だけが重要であるという場面はそう多くないであろう)。

 連邦裁判所が一括審理する可能性もあるはずだが[マーズ対コンラックス事件判決]では、連邦裁判所に外国(日本)特許事件が提起されたケースについて、CAFCは、サブジェクト・マター・ジュリスディクションが欠如しているとして、結論として地裁の却下判決を支持している。

6.3 共同発明の場合

 米国での侵害訴訟においては、事実としては共同発明者がいるのに、その者が共同出願人になっていないという場合には、被告がその共同発明者からライセンスを受けて、特許権については侵害訴訟の裁判所の命令で更正をさせるという主張を被告の方からすることができる(米国特許法256条(35 USC 256))。なお米国では、共有特許権者は、それぞれ単独でライセンスが出来る(日本の特許法七三条とはまったく違う)。

 無効主張を扱うのと同類の困難であるが、右の種の主張がなされた場合に、どう対処するべきかは、難しい問題である。一応の考えとしては、その事件限りの判断によって、この種の抗弁も認めるべきであると思われる。

7. 差止請求  目次へ戻る

 差止請求に関して、損害賠償と違って問題となるのは、果たして日本の裁判所が米国での行為を対象として差止命令を発して良いものかどうか、それは主権侵害となるのではないか、という点である。

 しかし、米国での行為を対象とするといっても、米国においてどうなるかは、米国での取り扱いに任されている。しかも、差止判決で命令の受け手となるのは、被告たる私人であり、それも、3.で検討したように国際裁判管轄が認められることが前提であるから、その限りで日本の主権に服する私人である。それに対して差止命令を発することが主権侵害になるという根拠を認めがたい。

 さらに、本問で想定する差止命令は、米国特許法という米国内の法秩序に基づくものと判断して発せられるものであることを考えれば、問題性はいよいよ小さい。

 異論はある。たとえ[土井2]は、四極管事件の関係で、差止請求に関しては管轄がないとする(な[土井1]とは違ってこちらでは、損害賠償請求については、法例11条2項を適用することなく認容すべきとするので、管轄を認める趣旨と見える)。しかし[田中1][茶園1]は、差止にも特に言及して管轄を肯定する。

8. 被告が米国法人の場合  目次へ戻る

 この場合は、国際裁判管轄が認められるかどうかについて、マレーシア航空事件最判以来の判例法にしたがって、民訴法の土地管轄の規定のいずれかに該当することが前提となる。さらに「特段の事情」も無い場合に限って、日本の裁判権が認められる(損害賠償請求および差止請求の両方について)。「特段の事情」の検討にあたっては、米国特許権にかかる事件で米国での行為が問題とされるということが考慮されることになろう。

9. 間接強制  目次へ戻る

 民事執行法では、非金銭債務の執行は、意思表示についてのものを別とすると、直接強制または代替執行が原則であり、補充的にのみ間接強制ができる(民執法168ないし172条)。特許侵害事件について考えると、差止自体を執行するには間接強制をするほかないが、国内事件において実際に行われているのは、一般的には侵害品や設備の除去についての代替執行だけである(04年9月20日(月)加筆: だけしか出来ない、ということは決してないですね。間接強制命令も普通に出されていることを先日経験しました。そうすると、この説に記したことは、もっと当たり前に可能となるはずです。)。しかし本問の場合には、直接強制や代替執行をするとなれば米国で行わなければならないところ、それは日本の裁判所によっては不可能である。

 よって、間接強制をするしかなく、また間接強制が許されると考えられるが、これには次のような異論があり得る。すなわち、日本の裁判所の手続きとして直接に米国における執行をすることは出来ないにしても、米国での手続きによって日本の判決を米国で執行することは出来るのではないか、それが可能であれば補充的である間接強制は認められないのではないか、という異論である。日本の場合であれば、民事訴訟法200条および民事執行法24条に従って執行判決を得れば、民事執行法22条6号の規定するように外国判決を債務名義としての執行が出来るが、これと同様のことを米国で行うことが出来るのではないか、そうなら間接強制は認められないのではないか、ということである。

 しかし、右の異論はまず民事執行法の文言に従ったものではない。民事執行法172条は「作為又は不作為を目的とする債務で前条(民執法171条)第一項の強制執行(代替執行)ができないもの」について間接強制を認めているのであり、米国での執行はたとえそれが可能であっても右の「前条第一項の強制執行」ではないから、172条の要件に該当することに違いはない。

 実質的にみても、米国での執行というのがあり得るかどうか不確かであるうえ、さらに日本の場合のような直接強制などを原則とするものとは違っていると思われることを考慮する必要がある。すなわち米国では、差止命令(injunction)の不遵守に対しては法廷侮辱罪(contempt of court)としての制裁が科されるのが一般的であり、これは日本の場合の間接強制にむしろ近いように思われる。仮に米国で代替執行ができるなら、それを理由として国内での間接強制を認めないという議論ももっともであるが(国内事件について除去等の代替執行ができるから差止そのものの間接強制は認めない、というのを前提とするなら(ここではこの考えの当否は検討しない)、右はそれなりに妥当な議論となるであろう)、そうではないのである。

 それでもなお、米国での行為を対象とするというのは、間接強制の規定の予定していないところであって認められないのではないか、との議論もあるかも知れない。しかし、米国での行為が対象であることは、日本の裁判所は直接には間接強制以外の手段がとれないことを意味するから、むしろ間接強制を許す方向に働くべきものと思われる。また、前提として日本の主権に服する当事者に対するものである以上は、主権侵害ということにもならないはずである。

 なお、1.で紹介したオランダにおけるクロス・ボーダー・インジャンクションにおいては、その不遵守に対してはオランダの裁判所による法廷侮辱罪としての制裁があるとされ、そのため外国での執行の必要はないと考えられているとのことである[岩田1]1812頁)。これを日本に当てはめて言うなら、間接強制を認めることに相当する。EUにおいては、条約により差止対象国での執行も確保されているので、その意味では右のような制裁が絶対的に必要な訳ではないはずであるが、そのような迂遠な手続きを強いてはいないのである。これと比べて考えるなら、本問のような場合には、もちろん間接強制を認めるべきものと思われる。

10. あとがき(HTML化に際して(1999年4月16日))  目次へ戻る

 ウェブページにアップするに際して、体裁を整える関係などから、自分の原稿をよく読みなおしました。批判的に考え直してみると、次のような問題があることに気づきます。私は[山田1]など[四極管事件東地判]に対する批判を批判したわけですが、しかしながら結論は同様になっています。この結論で良いとは思うのですが(というのは、四極管事件判決に対しては批判する見解ばかりなのですから、結論としてはこうならざるを得ないと思うのですが)[山田1]などの多数の見解をその論理において批判するからには、その結論を自説のサポートに使うわけにはいかないわけですよね。そうすると、自説の根拠が乏しいと言われそうです。

 私は、自説の根拠としては、“国際的な抵触矛盾が無いから国際私法の必要とされる場面ではない”等ということでそれなりの論証はしているつもりではあります。しかし、十分ではないという批判はやはりあると思います。

 このように考えると、曲がりなりにも裁判例であ[四極管事件東地判]に対抗するだけのものが無い状況だ、とする見解もあってよいように思われてきます。実際、そういう目[四極管事件東地判]を評価する方向に考え直せば、これは法例の条文にはかなり素直な判決なのでありまして、結論が妥当でないとは言えても、法律論として完全に論破するのはなかなか難しいのだとも考えられます。

 ……と、こんな事を書くと、私の見解がハッキリしなくなってしまいそうですが、私自身の見解としては[四極管事件東地判]の結論には反対です。でも、その点で同じであ[山田1]などの論旨に対しても、批判せざるを得ないものがあると思います。そういうこともあって、この自説には難点があることも認めます。

11. 引用文献および裁判例  目次へ戻る

 [BBS事件最判]: 最三判平9・7・1民集51・6・2299. 引用箇所 引用箇所

 [雨宮]: 雨宮定直「外国特許侵害に対する救済の許容性」『国際工業所有権の諸問題』(AIPPI、1976年)537頁以下). 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所

 [石黒]: 石黒一憲「外国特許権の侵害に対する救済」特許判例百選[第二版](1985年)228頁. 引用箇所

 [岩田1]: 岩田哲幸「英国特許侵害事件について」AIPPI42巻5号370頁. 引用箇所 引用箇所

 [岩田2]: 岩田哲幸「ブラッセル条約による Cross-Border Injunction ならびに英国裁判所の判断」AIPPI 42・11・828(1997年). 引用箇所

 [オルトマン対スタンレー事件判決]: Ortman v. Stanray Corp. 371 F.2d 154 (7th Cir. 1967). 引用箇所

 [木棚1]: 木棚照一他『国際私法概論[新版補訂]』(有斐閣ブックス、1997年)246頁. 引用箇所

 [木棚2]: 木棚照一『国際工業所有権法の研究』(日本評論社、1989年)82頁以下. 引用箇所

 [グリンワルド]: Albert GRYNWALD(鳥羽みさを訳)「ヨーロッパにおけるクロスボーダーインジャンクション--国境を越える差止」AIPPI42巻5号383頁. 引用箇所

 [最三判平9]: 最三判平9・11・11民集51・10・4055. 引用箇所 引用箇所 引用箇所

 [澤木=道垣内]: 澤木敬郎=道垣内正人『国際私法入門[第4版補訂版]』(有斐閣双書、1998年)205頁. 引用箇所

 [拙稿]: 「特許権の効力に関する国際的問題」特許管理43・3・263および同4・453(1993年). 引用箇所 引用箇所 引用箇所

 [田中1]: 田中徹「外国特許侵害の裁判管轄権と法例一一条二項」ジュリスト215・94(1960年). 引用箇所 引用箇所

 [田中2]: 田中徹「不法行為ー法例一一条二項」渉外判例百選[第二版]98(1986年). 引用箇所

 [知財協会]: 知財協会国際委員会第三小委員会「クロス・ボーダー・インジャンクション」知財47巻12号1809頁. 引用箇所

 [茶園1]: 茶園成樹「外国特許侵害事件の国際裁判管轄」工所法21号59頁. 引用箇所 引用箇所

 [茶園2]: 茶園成樹「合衆国著作権法と外国で行われる行為」阪法45巻三号565頁. 引用箇所

 [土井1]: 土井輝生『国際私法基本判例(財産・取引)』三版(同文館、1991年)167頁. 引用箇所 引用箇所 引用箇所

 [土井2]: 土井輝生「工業所有権法」『国際私法講座第三巻』(有斐閣、1964年)826頁. 引用箇所

 [中野]: 中野俊一郎「」(木棚照一=松岡博編『基本法コメンタール 国際私法』(日本評論社、1994年)74頁). 引用箇所

 [林脇]: 林脇トシ子「外国特許権侵害に対する救済」特許判例百選196(1966年). 引用箇所

 [萬世工業事件最二判]: 最二判平9・7・11民集51・6・2573. 引用箇所

 [藤田]: 藤田泰弘『日/米 国際訴訟の実務と論点』(日本評論社、1998年). 引用箇所

 [マーズ対コンラックス事件判決]: Mars Inc. v. K.K. Nippon Conlux, 24 F.3d 1368 (Fed.Cir. 1994). 引用箇所

 [マレーシア航空事件最二判]: 最二判昭56・10・16民集35・7・1224. 引用箇所 引用箇所 引用箇所

 [紋谷]: 紋谷暢男「知的財産権の国際的保護」(『工業所有権法の争点[新版]』25頁). 引用箇所 引用箇所

 [山田1]: 山田鐐一「法例第一一条第二項の適用について」民商33巻1号1頁(同『国際私法の研究』有斐閣に一部改訂の上で再録). 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所

 [山田2]: 山田鐐一『国際私法』(有斐閣、1992年)341頁. 引用箇所 引用箇所 引用箇所

 [四極管事件東地判]: 東京地判昭28・6・12下民4・6・847. 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所


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