CAFCの建物

CAFCの適用する判例法

松本直樹
(初出: 『パテント』1992年6月号15頁)
(右の写真は私がワシントンDCへ行ったとき(1991年)に撮ったCAFCの外観です。)

 The United States Court of Appeals for the Federal Circuit(「CAFC」)は、全米の特許事件等を扱うという、事案の種類による控訴裁判管轄権を有する。一方、他の控訴裁判所は、地理的な控訴裁判管轄権を有する。そこで、ここには一種の権限交錯がある。このために、判例法の適用について少々複雑で興味深い状態が生じる。本稿では、この問題を御紹介するとともに、これに必要な範囲で米国の裁判所制度についての一般的事項を概説する。

 日本では、CAFCによる特許法についての実体的な判断の解説は頻繁に見られるのに比べて、その意義の理解のためにも必要であるこうした制度的な説明がなされることは余りに稀であるように思われる。そこで、甚だ不十分ではあるが、あえて解説を試みたものである。


目次

1 裁判所の構成
2 “各州の”法の形成
3 CAFC判例法〜特許法等の場合
4 CAFC判例法〜特許法等以外の場合


1 裁判所の構成

 判例法の問題を説明する前提として、米国の裁判所の仕組みなどを簡単に御紹介する。

1.1 連邦裁判所

 米国の法律制度は日本に比べて複雑である。米国が連邦制の国家であることが、その主要な理由であると言える。各州が本来的な主権国家であり、包括的な権限を有している。対して連邦は、連邦憲法によって託された事項についてだけ権限を有し、そこに規定されていないことはできない。裁判所制度も、各州のものと連邦のものとの2系統があることになる。

 日本の裁判所は、最高裁判所を頂点とする1系統だけである。(少額事件を担当する簡易裁判所と、家事事件と少年事件を担当する家庭裁判所が別にあるが)原則的に第一審を受け持つのは地方裁判所であり、その控訴は各高等裁判所が扱う。

 米国も、連邦裁判所だけを取れば日本とほぼ同じである。第一審の裁判所は、「District Court」(「地方裁判所」と訳せよう)と呼ばれる。各州が1ないし4の Districtに区分されており、それぞれの Districtに設置されている。第二審を担当する裁判所は、「Court of Appeals」と呼ばれ(以下では「控訴裁判所」とする)、全米で13設置されている。それぞれの地方裁判所には、そこからの控訴を原則的に扱う控訴裁判所が地理的に決まっていて、後述するCAFCが扱う場合以外は、その控訴裁判所が担当する。それぞれの控訴裁判所の受け持つ地理的区分のことをサーキット(circuit: 裁判官が巡回して事件を担当していた当時の言い方に由来すると言われている)と言っている。この上に「Supreme Court」すなわち最高裁判所がある。

 連邦裁判所は、三審制である点では日本と同じだが、第二審は原則として法律審である点では違っている。日本では、第二審の高等裁判所でも新たな事実審理がされるが(続審制)、米国連邦裁判所では、第一審の下した事実認定を控訴裁判所が覆すことは、明白な誤り等の場合にしかない。なお、陪審は事実認定を担当するものなので、第一審が事実審理をする際にその役割を果たす。一方、控訴裁判所は法律審であるから、もちろん、陪審がつくことはない。

 また、連邦最高裁は、原則として、裁量的にしか事件を取り上げない。すなわち、上告を否定しても、それは下級審の判断を支持したものとは限らない。1988年の法改正の結果、権利として上告ができるのは、“連邦地裁が3名の裁判官によって差止請求を認容または棄却した場合”(28 U.S.C. 1253)だけとなった。それまでは、連邦法と州法の抵触の場合などにも権利的上告が認められていたのが、より狭められた。

1.2 州裁判所

 連邦裁判所に加えて、各州に州裁判所がある。各州の裁判所は、その州の中で第一審裁判所および上訴裁判所が設けられていて、連邦裁判所とは別の系統になっている。一定の場合に相互間での事件の移送が認められることと、州の最終審の裁判所による裁判に対して連邦最高裁が連邦法に関する上訴を裁量的に取り上げることができることの他は、それぞれが上訴を含めて完結しており、どちらが上級というわけでもない。もっとも、連邦裁判所の方が、多くの場合は建物も立派で、裁判官も任期が終身であることとも関係して高い地位にあると受け取られているようにも思われる。

 連邦裁判所と同様に三層構造の州が多数を占めるが、二層だけの州もある。このように、州裁判所の構成は各州によってまるでバラバラであることが一層厄介なところである。名前がまた州によって違い、特に、日本からみて関わりになる可能性が大きいと思われるニューヨーク州は、他の州と比べて変った用語法を取っている。ニューヨーク州では、第一審をSupreme Courtと呼び、第二審がAppellate Division、最上級審がCourt of Appealsとなっている。

 「判事」を意味する言葉もバリエーションがある。連邦裁判所では、最高裁の判事のことを「justice」と言い、他の判事は「judge」と呼ぶ。ニューヨークでは、第一審の裁判所の判事のことを「justice」と呼び、他の判事は「judge」である。もっとも、第一審の裁判所を「Supreme Court」と呼んでいるから、“Supreme Courtの裁判官をjusticeと呼ぶ”というまとめかたをすれば同じということになるが。

 本稿は特許制度についてのものでCAFCについての解説をするので、以下では、専ら連邦裁判所の問題を扱うことになる。

1.3 ジュリスディクション

 連邦裁判所は、連邦の組織であるから、連邦憲法に根拠のあることしかできない。一方、各州の州裁判所は、州の主権に基づいたものであるから、扱う事件の種類には制限はないが、自州と関係のない当事者に対して裁判をすることはできない。ここに、米国でジュリスディクション(jurisdiction: 裁判管轄権; ある裁判所がある種の事案およびある種の当事者からなる事件を審理して判決を下す権限があるかどうかということ)が大きく問題とされる理由がある。日本の民事訴訟でも管轄の問題というのはあるが、これは極端に言えば“日本の中のどの地方裁判所(簡易裁判所や家庭裁判所の場合もあるが)が事件を担当するか”という、言わば事務分配の問題にすぎない。同じ裁判所の中での支部や裁判体の相互間の事務分配の問題と本質的に違わないと言える。これに対して米国では、もう少し意味のある問題としてとらえられることになる。

 連邦裁判所が扱えるのは、基本的に連邦憲法に根拠のあることに限られるが、その中でも連邦法の民事訴訟法によってそこに規定される種類の事件にさらに限定される<注1>

1.4 特許法と連邦の権限

 連邦憲法について日本の特許業界で流布している理解には、不適切な点がある。連邦憲法には、連邦議会が特許法を制定する権限を認めた規定がある(1条8節8項: 特許法と著作権法の連邦議会による立法権限を規定している)。しかし、これをもって何か特別に特許を重要視してのことであると考えるのは間違いである。

 連邦裁判所が連邦憲法に限定列挙された裁判権限しか有さないのと同様に、連邦議会の法律制定権限も、連邦憲法に規定された事項に限定されている。日本の国会が、憲法で禁止されていないことならどのような一般的法規範を制定することもできるのとは違っているわけである。そこで、連邦の特許法を制定するためには、このような連邦憲法の規定が必要だというにすぎない。

 もっとも、特許法について連邦憲法に規定があることは、例えば商標登録制度と比較してみると、特に意味がないこととばかりも言えないかも知れない。少なくとも現在では、各州の商標登録制度に加えて連邦にも登録制度がある。連邦の商標法は、憲法上の根拠を一般的な規定である州際通商条項(連邦憲法1条8節3項: 外国との通商および各州間の通商を規制する立法の権限を規定している)においている。特別の条項はない。それに比べて特許は特別の憲法条項があるわけだから、その分だけは尊重されていると言ってみても良いかもしれないということである。実際にも、商標については1946年のランハム法によって初めて実効的な連邦での登録ができるようになった(州際通商条項を広く解釈するようになって初めて連邦商標登録制度の立法が認められるようになったものと言えるかと思われる)ものであり、違いがあると言える。

 特許侵害事件の場合には、このように(連邦憲法1条8節8項に従って制定されたところの)連邦制定法である特許法に基づいての請求ということになるから、連邦憲法の規定する連邦裁判所が扱い得る事件の種類の範囲に入る。連邦裁判所が扱い得るにしても、州裁判所と競合的なものととする制度もあり得るところだが、この場合は、連邦民事訴訟法の規定(28 U.S.C. 1338)によって連邦裁判所の専属管轄とされている。

1.5 CAFCの設立

 1982年に、新たな連邦控訴裁判所としてCAFCが設立された。

 他の控訴裁判所が地理的な管轄の範囲を有する、すなわち、地理的にそれぞれの担当と決められた連邦地方裁判所からの控訴を受け持つのに対して、CAFCは、全米の特許事件等を扱うという、事案の種類による控訴管轄権を有する。連邦民訴法の規定(28 U.S.C. 1295)によって、CAFCは、特許法等の下での請求であることをジュリスディクションの根拠として連邦地方裁判所が扱った事件(すなわち 28 U.S.C. 1338による事件のうちの一部)の控訴を専属的に管轄するとともに、Patent and Trademark Office(特許庁に当たる、以下「PTO」とする)からの抗告訴訟を扱う。

 CAFCの設立目的は、技術的な案件を集めることによって事件処理の効率を高め、同時に集中により特許法についての判例法の統一を図ることにある[ドレフェス]at 2)。

 他の控訴裁判所は、それぞれの担当する地方裁判所が地理的に決まっているために、半ば独立したサーキットを形成する。これに対してCAFCは、事件の種類によって担当が決まっており、地理的には全米に及ぶ。

 特許侵害事件等については控訴審はCAFCが扱うことになったが、その他の事件については従来通りその地のサーキットの控訴裁判所が担当する。すなわち、各地方裁判所から見ると、自分の扱った事件の控訴審のうちで、特許侵害事件等はCAFCに行き、その他のものはその地のサーキットの控訴裁判所に行くことになり、上級裁判所が(事件の種類に応じて)2つあることになるわけである。

 こうした事情により、これから御説明するように、各サーキットの相互間での法の相違について再考の必要を生じた。

2 “各州の”法の形成

 本稿は、“CAFCはどの裁判所の判例法を適用するのか”をテーマとするが、この問題には実は“連邦裁判所が各州の州裁判所の判例によるコモンローを適用する”ことと共通した構造がある。そこで、対比のために各州のコモンローの形成について考察することには意義があるものと思われる。さらには、米国制度における意味付けを考えるためには、そうした対比が必要であると考える。この考察に必要な判例法一般の話から始める。

2.1 判決の効力と判例法の拘束力

 日本の訴訟の確認判決には、その当事者の間での既判力が生じる。これに加えて、給付訴訟なら執行力が、形成訴訟なら形成力が生じる。これらは、(原則として)その訴訟の当事者の間に限って生じる判決の効力である。

 これらの関係は、日本でもアメリカでも大きな違いはない。「res judicata」または「claim preclusion」と呼ばれる判決の効力は、“訴訟の当事者は判決の下された請求事項について後に再び争うことができない”とするもので、日本でいう既判力と同じである。既判力についても執行力についても、ある州の裁判所が下した判決は、その州のジュリスディクションが認められる限り、他州でも(執行についての手続上の制限はともかくとして)当然に効力が認められなければならない(連邦憲法4条1節)。

 判決は、その訴訟当事者の間以外でも、コラテラル・エストッペル(collateral estoppel: 争点効または禁反言<注2>)という形で効力を有することがある。例えば、特許侵害訴訟において、一度その特許が無効であるとの判決が下されると(手続保証があった場合に限られるが)、原告は、その事件の被告以外の者に対してもその特許の有効性を主張することが許されなくなる[ブロンダータング]事件)。

 こうした“判決”の効力とは別に、ある判決の中で示された法律判断は、“後の裁判でも踏襲されなければならない”という“判例”としての拘束力を有する。判例の拘束力については、バインディング・オーソリティ(binding authority: 単に参考にするというだけではなく、従わなければならないとされる種類の拘束力)とパースウェーシブ・オーソリティ(persuasive authority)という区別がいわれる。ある裁判所にとってバインディング・オーソリティを有する先例というのは、その裁判所からの上訴を担当する裁判所の先例のことである。<注3>。現実的にも、拘束力に従わなかった裁判は上級審によって覆されるという形で担保される。

 英米法においては、判例法が主要な法源とされる。対して日本は成文法国とされているが、判例には拘束力があるとも言われる。実際にも、特に最高裁の判例については、その安定性(=判例変更が極めて稀である)のためもあってアメリカでの場合以上に強い拘束力を持っていると言えるかも知れない[伊藤]43頁以下、特に49頁)。しかし、英米法での判例法のように第一次的な法源とされるわけではない。

2.2 国際私法

 国際的な民事紛争について、ある国の裁判所がジュリスディクションを有するとしても、裁判をする際にどの国の法が適用されることになるかはまた別の問題となる。これが国際私法の問題である。原則として、法廷地の国際私法によって適用実体法が決められ(日本の裁判所でなら日本の国際私法によって適用法が決められる)、その適用法に従って判決が下される。例えば、日本の裁判所での裁判でも、国際私法が米国法を指示するなら、米国の法律によって判決が下されることにもなるわけである。

 刑事事件については、ある国の裁判所が他国の刑法を適用するということはない。日本の裁判所は、外国でなされた犯罪行為に対して、日本の刑法の国外犯処罰規定に該当する場合に限って“日本の刑法に従って”有罪判決を下す。この意味で、「国際刑法」というものは存在しない。これに対して民事事件では、外国の法律に従って裁判をすることがある。日本では、「法例」という名の法律が、どの国の法律が適用されるかについて基本的なところを決めている。例えば、外国人夫婦(同一国籍)の婚姻の効力については、日本の裁判所が扱う場合でも法例14条によりその本国法によって裁判がされることになる。

 もっとも、どんな事項について「国際私法」があり得るかということにも、国によって若干の違いがある。日本の裁判所では、上記のように婚姻についても外国法の適用があり得るが、例えばアメリカでは(ジュリスディクションがあることを前提として)法廷地の法が適用され、他国(他州)の法を適用するということは原則として無いようである。(代わりに、そこで裁判を受けるためにはドミサイル(domicile: 常居所)なり一定期間の居住なりが必要とされている。このために、例えば“離婚を容易に認める法律を有するネバダ州でその法律に従って離婚判決を獲得するためにネバダ州に住む”というようなことが生じる。)

 特許法については、“実施等の行為地の法による”との国際私法が普遍的である。“各国の特許法は自国内の実施等の行為についてのみ規定しており、この意味で相互間に抵触はなく、国際私法は不要である”というように説明することも可能かもしれない。いずれにしても、例えば、日本の裁判所による場合であっても、アメリカでの行為を特許侵害であると主張する請求については、アメリカの特許法によって結論が下される。

 しかし、間接侵害や共同行為による侵害等が国際的になされた場合のことを考えると、そう単純にはいかないようにも思われる。そもそも、属地主義または法例11条2項を理由として、上記のような外国の特許権を根拠とした請求を否定する見解や裁判例(東京地判昭和28年6月12日・四極管事件)もある。 (この問題に関しては拙稿「特許権の効力に関する国際的問題」を参照いただきたい。)

2.3 各州の法

 米国では、国内の州相互間でも国際私法の問題が生じる。各州が基本的な主権国家であり、連邦法が無い限り各州の法が適用されることになっており、この各州法が独立した相互に相違しているからである。

 各州は、まず、州議会による制定法を持っている。

 これに加えて、基本的な法分野については判例法によるコモンローを有している。現在では、これは“各州の法”とされている。

 しかし、少なくとも英国法の継受の段階では、各州のコモンローが独立であるとの意識があったとは思われない。米国の各州のコモンローは、(ルイジアナ州を除いて)元来は英国法を継受したものである。英国法を継受した限りにおいては、同じ法を継受したのであって、州の相互間で“別の法”が存在していると考えられていたわけはない。

 これが州によって別異の内容のものとなるのは、結論的に言えば、上訴の可能性によって判例法の拘束力が規定されるためである。判例法の拘束力というのは、実際的には“判例法に従わなかった裁判は上級審によって破棄される”ということによって担保されている。州裁判所のシステムは、各州で独立しており、上訴についても(連邦法に関連する問題について連邦最高裁が裁量的に事件を取り上げて覆すことがあるのはともかくとして)原則として各州の最上級審までで完結している。そこで、各州の判例法がそれぞれ無関係に発達を遂げる、言わば「分化」して行くことになるわけである。

2.4 [イーリィ]事件

 各州のコモンローは、以上のように、手続的な理由による分化の結果として内容に違いのあるものとなって来たが、これが単に相違点があるというだけでなく実体法的に独立したものであることになったのは、1938年のイーリィ事件連邦最高裁判決による。

 イーリィ事件は、普通、“一般的な連邦コモンローの存在を否定し連邦裁判所も各州のコモンローを適用すべきであることを示したもの”と説明される。勿論その通りなのであるが、そこに示されている旧来の判例との対比によると、その前提として“各州のコモンローが実体法的に別個独立のものであること”を示したものとも理解できる。

2.4.1 事案

 ペンシルバニア州民が、ペンシルバニア州で鉄道線路に沿った通路を歩行中に事故に遭った。この鉄道線路は、ニューヨーク州法人である鉄道会社のものであった。被害者は、鉄道会社を被告として、被告の所在地であるニューヨーク州にある連邦地方裁判所に訴えを提起した(連邦法を根拠とする請求ではないが、原告と被告の州籍が違うために、連邦裁判所のジュリスディクションが認められる)。こうした事案で、鉄道会社の過失の有無を判断するにあたってどこの法が適用されるべきかが問題となった。

 被告鉄道会社は、事故地の法であるペンシルバニア州法が(具体的にはペンシルバニア州の最高裁判所が宣した法が)適用されるべきものであり、同州法によれば“鉄道敷地内を歩いていた原告に対しては、被告鉄道会社は、不法侵入者に対するのと同じ程度の軽い注意義務しか負わない(従ってこの事案では過失責任はない)”と主張した。

 地方裁判所は、被告の主張した法を否定して原告の請求を認容した。控訴裁判所は、かかる判決を支持した。適用される法については、その当時の判例に従い、“この問題は地域的(local)ではなく普遍的(general)なものであるから、連邦の裁判所に提起された以上は、ペンシルバニア州の判例法の内容を顧慮する必要はなく、連邦裁判所の判例によるコモンローが適用される”とした。

 これに対して連邦最高裁は、“訴えの提起された連邦裁判所の所在する州(この場合はニューヨーク州)の州裁判所の国際私法<注4>によって適用の決せられるところの州のコモンロー(事故地であるペンシルバニア州のコモンロー)によって裁判されるべきである”としたのである。

2.4.2 意義

 “本来コモンローは実体法的には唯一つで、判例法の拘束力の関係で言わば手続的な分化をしているにすぎない”と考えるなら、こういう結論にはならないはずである。連邦裁判所は基本的には連邦の上級裁判所の先例に拘束されるから、従前の判例のように、連邦裁判所の判例法に従う結果として言わば連邦のコモンローが適用されることになる。控訴裁判所が従った従前の判例では、連邦裁判所では(不動産関連の問題などについては州の法律が適用されたものの)連邦裁判所の判例法によるコモンローが適用されていたのであり、上級裁判所の先例の拘束力の関係でのコモンローの分化だけがあったということであって、これで理屈は通っていたわけである。

 イーリィ事件連邦最高裁判決はこれを否定した。“連邦裁判所も各州のコモンローを適用すべきである”としたのであるが、これは、各州のコモンローが(単に上級審の拘束力の関係で食い違っているというだけでなく原理的に)“独立した法”であることを前提としているものと言える。すなわち、各州のコモンローは言わば“別の法典”となっており、国際私法によって定められるいずれかの州のコモンローを適用するものとしたわけである。

 たとえて言うなら、連邦裁判所を日本の裁判所に置き換えペンシルバニア州のコモンローを米国特許法に置き換えた場合に“日本の地方裁判所が米国特許法を適用すべき米国での事件を審理するとしたら、日本の最高裁が日本の特許法についてどんな判決を下していようとも関係ない”(これは当然である)というのと変らないことになったのである。

 イーリィ事件は、一般には、“連邦の一般的なコモンローの存在を否定し、連邦裁判所と州裁判所の間での食い違いを無くし、フォーラム・ショッピング(forum shopping: 法廷地漁り)の弊を除いたもの”として紹介される。これも確かであるが、その前提として、上記のように各州のコモンローの独立性を確立したものと言える。本稿が主題とする、CAFCによる各サーキットの判例法の扱いについての問題状況を理解するには、こうした視点を持つ必要があるように思われる<注5>

3 CAFC判例法〜特許法等の場合

 CAFCの適用する判例法について、まず、特許法等の場合について考察する。

3.1 特許法統一の必要性

 1982年に設立されたCAFCは、Court of Customs and Patent Appeals(以下「CCPA」)と、Court of Claims(以下「CC」)を前身とする。CCPAは、CAFCの設立前、PTOの審決に対する控訴を扱って来た。CAFCはCCPAとCCの先例に従うことが、CAFCの判例によって明らかにされている(サウスコープ事件)。

 CAFCを作った目的としては、既述のように、技術的事件の集中による効率性と、特許法の判例法の統一があげられている。特許侵害事件の控訴は各地のサーキットの控訴裁判所が扱って来たから、連邦最高裁判所が限られた数のケースを取り上げる他は、判例法を統一するための仕組みがなかった。連邦最高裁は、既述のように、原則として裁量的にしか事件を取り上げない。そこで、統一のための機関が連邦最高裁しかないと、これが十分に果たされない状況が生まれ得ることになる。これを改めようということである。

3.2 CAFC設立の効果

 御存知のように、日本では、特許を無効とする処分は特許庁による特許無効の審決によってのみ行うべきものとされている。特許庁が特許を認めた以上は、たとえ特許要件を具備していない等の無効理由を有していようとも、侵害訴訟の場面で特許が無効であるとされることはない。侵害訴訟の場面では、特許の効力は判断されないわけである。そこで、特許の有効性に関する先例は、特許庁の審決とこれに対しての審決取消訴訟での東京高裁の判断(さらには最高裁の判断)の形でしか現れない。最高裁が上告を十分に取り上げなかったとしても、東京高裁以外の裁判所による判断が無いから、判例法の分裂または矛盾は生じ得ない。

 これに対して米国では、侵害訴訟の場面で被告が特許の有効性を争うことができる。CAFCの設立の前はCCPAがPTOの判断に対しての控訴を扱って来たが、特許の効力についての法律判断が下されるのは、この場面には限られていなかったわけである。侵害訴訟において各サーキットの控訴裁判所が下した判決が、特許の有効要件に関しても大きな意味を持っていた。

 各サーキットの控訴裁判所が扱うのは、(PTOからの抗告事件は無く)侵害事件に限られるから、特許が既に登録されていることが前提となる。すなわち、CCPAの先例に従ってPTOが特許性を認めているケースである。そうしたものの内のかなりが、無効とされていたわけである。その多くは、事実認定の相違による(PTOでの手続は、日本の公告制度に相当するものが無い関係もあって、特許性を否定する事実を収集するのに限界がある)が、法律判断によるものも少なくない。これは、PTOおよびCCPAの先例との関係では矛盾である。PTOからの流れと各地の地方裁判所からの流れとをまとめる機能が最高裁にしかないために(そして最高裁の処理能力の限界から十分な働きができないために)、この矛盾を解決する制度的用意に欠ける状態だったわけである。

 CAFCの設立目的の1つである“判例法の統一”には、これを正すという意味が含まれる。CAFCの設立によって、PTOの判断に対する抗告訴訟も、侵害訴訟の控訴事件も、どちらもCAFCが扱うことになった。したがって、これまでのような食い違いが生じることはなくなったのである。

3.3 “統一”の内容

 “統一”という言い方をすると、あたかも中立的であるかのごとくであるが、CAFCの採用した判例法の選択によれば、統一の内容はプロパテント(特許権強化の傾向)的である。

 すなわち、CAFC[サウスコープ]事件により、CCPAの先例に従うとしたから、“統一”にあたっては、齟齬のあった点についてはすべて特許を有効とする方向が選択されたということになる。というのは、上記のとおり、齟齬は“PTOがCCPAにしたがって登録した特許を、各地のサーキットが無効とする”という形でだけ存在していたものだからである(登録されていない限り、各地のサーキットが判断を下す機会はないから、逆方向の齟齬は原理的に存在し得ない)。

 こうなるのは、特許要件についてだけではあるが、少なくともこの点ではCAFCの設立自体がプロパテントに働く。

3.4 新判断の余地

 加えて、侵害の認定等に関する法律判断についても当然に新判断の大きな可能性を生じている(侵害については、殆どが各地のサーキットの控訴裁判所によるものだったところが、これが拘束力を失ったのであるから)。もっとも、この点では、選択の自由ないし余地が生じたということであり、CAFCが設立されたからといって必ずプロパテントになるというものではない。特許要件についてはプロパテントとなることが決まっているが、この点では、どうなるかはその後の判例の形成に委ねられているわけである。

3.5 CAFCの設立とプロパテント

 CAFCの設立を契機として、プロパテントの傾向が指摘されているが、こうした判例法の拘束力の問題もあると思われる。すなわち、CAFCの設立自体が特許権を重視した結果であると同時に、CAFCの設立によって、特許要件についてはプロパテントの判例法が採用されることになり、さらに特許権およびその行使を制限した過去の各サーキットの裁判例から自由になり特許権を強化すべきであるとの思潮が十全に実現され得る環境が整えられた、というわけである。

3.6 州のコモンローに従う場合

 特許に関連した分野でも、従前から各州のコモンローによるものとされてきたものがある。例えば、特許権の譲渡等に関連しての権利変動の問題は、特許法には規定がなく、各州のコモンロー(各州の契約法)によるものとされてきた。別の考えがとれないわけでは必ずしもないが、CAFCにおいても、こうした点についてはそのままに各州の判例法を適用することになっている。

4 CAFC判例法〜特許法等以外の場合

 特許法等以外の法律問題については、以上とは違った取り扱いがされる。もっとも、この問題が意味を持つのは各サーキットの先例が違えばこそであるから、まずこの点の考察をした上で、特許法等以外の場合についてのCAFCの判例を見ることにする。

4.1 各サーキットの法の分化

 同じ連邦法を解釈して適用する場合であっても、各サーキットの解釈が(各州のコモンローが独立した法となっているのと同様に)それぞれに独立した法であるかのようになっている面がある。この原因は、連邦最高裁は限られた数の事件を裁量的に取り上げるに過ぎないため、各控訴裁判所が事実上の終審の裁判所となっており、各サーキットが判例法の形成の点で独立したものとなってしまっていることにある。このために、各州のコモンローが独立して来たのと同様に、各サーキットの解釈が相違のあるものとなって来ているわけでる。

 もっとも、上訴の関係では分化し得るにしても、“同じ法律の解釈にどれだけの違いがあり得るものか”との疑問をお持ちになるかも知れない。しかしアメリカの法律実務では、実際に、解釈にかなりの幅が発見できる。これは、判例法を基礎とする英米法の伝統に則した裁判官は(成文法国から見れば)あたかも立法者のごとく法を宣するものであり、こうした裁判官の態度に基因するのかも知れない。成文法を解釈するに際しても、その事案における結論の妥当性を求めて法を宣することを臆さない傾向が目立つ。日本でなら、必ずしも本来の射程に入っていない事項についても“立法者意思を汲み取ることによって自ずと同一の結論が導き出される”ということになると思われるが、アメリカでは、むしろ、立法者意思に言及する場合も“制定法の射程を限定して独自の判断によって法を宣する”という形が多いように見える。

 分化の結果として、例えば、特許侵害訴訟での原告勝訴率には各サーキットの間で大きな差があった。第5サーキット(テキサス州等を含むサーキット)が高く、最低の勝訴率だった第7サーキット(シカゴ(イリノイ州)を中心とするサーキット)の2倍に近い勝訴率を記録していたと言われている。この点については[ドレフェス]が、解釈の違っている例を指摘しながらこうした数字に言及しており(at 6)、ま[村上]も、各サーキットでの特許の無効化率の一覧表を掲げている(26頁)。

4.2 裁量権のある場合の分化の例

 各サーキットによる分化が特に顕著に見られるのは、裁判官による裁量が認められている事項について裁判例の蓄積によって法が形成されて来た場合である。

 つい先日も、ディスカバリー(discovery: 証拠開示手続)についての決定でそうした例に接した。特許権者である米国企業が、日本企業およびその米国子会社を被告として提起した特許侵害事件で、サンフランシスコ所在の連邦地方裁判所(Northern District of California)に係属中のものであった。問題となったのは、原告が求めた被告側のエンジニアのデポジション(deposition: 証言録取)をどこで行うかということだった。原告は、法廷地であるサンフランシスコでのデポジションを求めて、その旨の通知を被告にして来た。被告側は、原告の要求に応じて日本からエンジニアを連れてくる義務を課されるのは不当であるとして、この通知の効力を排除すべく裁判所による保護命令(protective order)を求めた。(ディスカバリーの手続は当事者主体で進められるもので、デポジションを求める通知の場合も、一般的には裁判所は関与しない。訴訟当事者のデポジションを求める通知の場合、通知を受けた当事者には、通知を受けただけでその要求に応じる義務が生じ、不適切な要求であると考える場合には、要求された側が裁判所に保護命令を求める必要がある。)

 連邦民訴規則(Federal Rules of Civil Procedure)は、こうした場合に、裁判所に広範な裁量権を認めている(26条(c)項)。つまり、裁判所としては、本事案の諸特性を勘案して適当と思われる判断を下せば良いことになっている。

 しかし、他のサーキット(第5サーキット)の先例ではあるが、この点について原則が確立しているとするものがあった。すなわち[ソルター]事件は、“会社に対するデポジションはその主たる事務所の所在地で行う”との原則が確立しているとしている。なお、訴訟当事者である証人については、適切とされるデポジションの場所までの旅費は自己の負担とされることからも、この「原則」には合理性がある。被告はこれを援用して、本件のデポジションは日本で行われるべきものであると主張した。

 ところが、裁判所はこの先例には従わなかった。必要とされるエンジニアが3人以上となるなら日本で、2人以下で足りるならサンフランシスコで、デポジションが行われるべきものとした(30条(b)項(6)号による通知で、デポジションの内容のみが特定されていたものなので、何人必要とされるかはまだ決まっていなかった)。この判断にも、確かに合理性がある。デポジションには訴訟当事者双方の代理人弁護士が出席することになるので、日本で行うには、少なくとも2人が米国から出掛けて行くことになる。ならば、必要とされるエンジニアが2人以下ならサンフランシスコで行った方がトータルでのコストの節減になるというわけである。

 被告の援用した先例は、第9サーキット(本件は特許侵害事件なので控訴審はCAFCが担当するが、CAFCは、手続法の問題であるため担当地方裁判所の所在するサーキットである第9サーキットの先例に従う: 後に詳しく説明する)のものではないから、バインディング・オーソリティを有しておらず、これで一向に構わないわけではある。しかし、サーキットによる法の分化の一例ではある。

4.3 CAFCの従う判例法

 以上のように、同一の法典が適用される場合であっても法は分化し得る。こうした分化を前提とすると、CAFCには“各地の控訴裁判所の先例に従うべきか、それともCAFC独自の判断を下すべきか”という問題が生じ、ひいては各地方裁判所も(控訴がCAFCに行くことになる事件においては)これに応じて従うべき先例を考える必要があることになる。

 特許侵害事件での特許法については、既に述べた通り、CAFCの設立により各サーキットの先例にはもはや拘束力はなくCAFCの先例に従うことになる。可能性としては[イーリィ]事件の判示したように各サーキットの法を独立したものとして適用することもあり得るわけだが、それではCAFC設立の目的に反するから、この扱いは当然である。CAFCの先例(CCPAおよびCCの先例を含む)に従うのが当然のところであり、それで現実的にも地方裁判所に無理を強いるものではない。これによって、全米での特許法の統一が果たされることになり、同時にこれまでの各地のサーキットの先例は拘束力を失う(といっても、参考とされることまでが否定されるわけではないことは勿論である)。

 特許侵害事件であっても、手続法については困難が生じる。特許法等に固有ではない一般的な手続法の問題については、事案が特許侵害事件でありCAFCが控訴審を担当するからといって、他の種類の事案と別異の手続法の適用をするというのは、いかにも無理のある取扱いである。そこで、特許侵害事件についても一般事件と同じ手続法を適用することを認める必要がある。この結果として、CAFCも各サーキットの判例法を適用すべき場合があることになる。

4.4 [パンデュイット]事件

 これを認めて、“特許法等に固有の問題ではない手続法については、CAFCも、各サーキットの控訴裁判所の判例法を適用する”としたのが、パンデュイット事件でのCAFCの判決である。

4.4.1 事案

 パンデュイット事件では、原告の特許出願を扱っていた組織に属していた弁護士が、被告を代理するファームに所属して事件にも一定の関与をしたとして、原告が、このファームを欠格(disqualify)とすべきであると主張した。地方裁判所は、欠格とされるための要件とその証明責任について、(その地裁の位置するサーキットである)第7サーキットの先例に従うものとした上で、原告の主張を認めて被告を代理していたファームを欠格とした。

 特許侵害事件だったので、控訴審はCAFCによることになった。CAFCは、こうした場合にどこの法が適用されるべきなのかについての初めての判断を示した。CAFC設立の主要な目的の一つが特許法の領域における法の統一にあると指摘した上で、手続き的な事項(この場合は代理人の欠格)についてはこれとは違って各地のサーキット(その事件の担当地方裁判所の所在する地のもの)の先例に従うことを判示した。

4.4.2 意義

 このパンデュイット事件のCAFC判決は、(手続法の分野について)“本来は一つであるはずの連邦法が各サーキットで独立したものとなっていることを前提としたもの”と考えると[イーリィ]事件判決に相当するものと見られることにもなる。

 もっとも、多少違った見方も可能である。手続法は連邦裁判所の場合でも元来が地域的なものだったので、この点からすれば、そうした地域的な性質が残っていることを承認したというに過ぎないとも見られる。

 手続法は、連邦裁判所の場合にも歴史的に地域的なものである。連邦裁判所の手続は、現在は連邦民訴規則等の規定するところによることになっているが、連邦民訴規則が制定されたのは比較的近時(1938年)のことで、その前は、連邦裁判所も所在する州の手続法によって裁判をすることになっていた(イーリィ事件でも、ある州にある連邦裁判所とその州の州裁判所との間での食い違いが問題とされてその解消を図っていたわけで、こうした観点からは、“連邦としての統一性”よりも“各州と連邦との関係”の方が重要であった、という見方が可能だと思われ、共通したものが発見できる)。そのために、今でも、連邦民訴規則等に定められていない事項(例えば、連邦憲法の認める範囲(具体的には、その州とのminimum contactのあること)の中での一般的なジュリスディクションの地理的限界)については、連邦裁判所においても基本的には各州法によることになっている。

 いずれにしても、この“各サーキットの判例がどれだけ独立したものとして扱われるべきか”という問題は、CAFCが、各サーキットの控訴裁判所と重畳的な管轄権を有しているがために初めて生じ得たものである。各地方裁判所からの控訴がその所在するサーキットの控訴裁判所にしか行かないのであれば、そのサーキットの先例が拘束力を有することに何の問題もなく、他のサーキットの判例法との相違が何に由来するのかなどということを考える必要はない。

4.5 “手続法”の中での区別

 CAFC自身等の判例によるのかそれとも各サーキットの判例によるのか、との点について、少なくとも現在では、手続法の中でも“特許法等に固有の問題であるかどうか”によって扱いが分かれている。この区分は、なかなか微妙な問題で、CAFCの判例にも流動的な面がある。

 例えば、特許権に基づく差止仮処分   (preliminary injunction)は、手続法の問題であると同時に特許法等に固有の問題であるとも言える。そもそも差止仮処分の問題というのは仮の保護をするかどうかという手続的な事項であるから、そうした意味では各サーキットの法が適用されるべきものであるわけだが、要件を具体的に考えると特許法に固有の問題となって来るわけである。

 当初のCAFCの裁判例では、手続法の事項であることに着目して、各サーキットの先例に従うべきものとしていたように見える[ケムローン]事件[デック]事件)。もっとも、これらの事件の実際のポイントは、(言わば実体的な)要件についてのものではなく、“相手方からのヒアリングをしないといけないのかどうか”とかの純粋に手続的なものであったので、“特許権に基づいての差止仮処分についてはすべて各サーキットの法による”のかどうかは明らかではなかったとも言える(そのように言っている部分は傍論なわけである)。

 近時の裁判例では、この点の区別が意識され、(差止仮処分が認められるための)要件についてはCAFCの独自の法が適用されるべきものとされるに至っている[クライスラー]事件[ハイブリテック]事件: また、事案は違うが[バイオデックス]事件がこの辺りのことを詳しく論じている)。

4.6 他の問題

 以上の差止仮処分についてと同様の微妙な分岐が、手続法の中の他の分野でも問題となり得る。例えば、ディスカバリーや証拠法則については、手続法であるから本来は各地のサーキットの法が適用されることになるはずである。現に、少なくとも現在ではそう理解されているように見える。しかし、これらの事項についても、(差止仮処分について程には明らかではないにしても)特許法固有の問題があり得る。したがって、こうした点について将来CAFCの判例が変更されることがあっても不思議はないように思う。

 また、実体法の領域でも、例えば独占禁止法違反とパテント・ミスユース(patent misuse: 特許権濫用)との関係で同様の困難が生じ得る。特許法上の請求に独禁法の問題が伴っている場合には、CAFCが独禁法の問題も扱うことになる。独占禁止法違反は、CAFCの専権事項ではないから[パンデュイット]事件判決の原理によればCAFCは各地のサーキットの先例に従うことになる。一方パテント・ミスユースは、特許権を不当に拡張利用しようとする特許権者に対しては特許権の裁判的保護を与えないというもので、特許法の問題であるから、CAFCはCAFC自身等の判例にのみ拘束される。これらは相互に別の問題であると一応は言える。

 ところが、特許が絡んだ事案を前提とすると、問題とされる事実関係は共通のものとなることが考えられる。例えば、“特許権の実施許諾をするに際して原料の購入を義務付ける”といった抱き合わせ販売は、ミスユースの代表例であるとともに、独占禁止法違反の典型例でもある。こうした場合に、“別の問題”として割り切れるものかどうか、疑問が残る。法律問題としても、パテント・ミスユースを独占禁止法に違反する場合に限定すべきであるとの主張や法改正の動きもあるようである。そうなった場合には、CAFCの判例法はどう考えられるべきものであるのか、さらに興味深い状態が生じる。


<注1>

 連邦憲法では、連邦法に根拠を有する(arising underの)事件等と並んで、州籍の相違する当事者の間の事件について、連邦裁判所のジュリスディクションを認めている。例えば、この州籍相違の場合のジュリスディクションについて、連邦民事訴訟法は(連邦憲法にはこうした制限はないのに)訴額が5万ドル以上の場合に連邦裁判所のジュリスディクションを限定している。 本文に戻る

<注2>

 エストッペルというと、特許関連では包袋エストッペルだけがよく知られているかもしれない。しかし、エストッペルという言葉自体は、もっと一般的な意味を持つものであり、コラテラル・エストッペルというのは、包袋エストッペルとはまったく別の、判決の効力についてのエストッペルである。専ら特許を御専門としていらっしゃる方のために、簡単に御説明しておく。

 ここで想定しているのは、コラテラル・エストッペルの中でも、エストッペルの援用される訴訟(第二訴訟)の当事者のうちの一方のみが第一訴訟の当事者であった場合のもので、必ずしも一般的に援用が認められるわけではない。かつては、“第一訴訟の判決に拘束されない者がこれを援用することになり相互性に反する”として原則として否定されていた。

 しかし現在では、少なくとも防御的な援用についてはほぼ一般的に許されている。特に、本文で述べたような、特許を無効と宣する第一訴訟の判決の援用については[ブロンダータング]事件連邦最高裁判決によって肯定されている。例えば、特許権者AがBを被告として提起した特許侵害訴訟で、特許が無効であるとの判決が下されたとする。本来の判決効は判決の名宛人である当事者のAとBにしか及ばないにもかかわらず、仮に後にAが同じ特許を以てCに対して侵害訴訟を提起したとして、Cは先行するAB間の訴訟での特許の無効を宣した判決を援用することができ、AB間の訴訟においてのAに手続保証があった限りAはそこでの訴訟活動が不十分であった等の主張を認められない。 本文に戻る

<注3>

 米国における判例の拘束力は、かつてのイギリスの絶対的なもの比べれば弱いものである。そこで[田中]の説くように(480頁)、「binding」といっても程度問題にすぎないとも言える。しかし、米国においても、直接の上級裁判所の判例は「binding」なものであって他の先例とは違った意味をもつことは明確に意識されている(例え[ボーデンハイマー]at 67)。 本文に戻る

<注4>

 ここでは「国際私法」としたが、多少厳密さに欠けるところがある[イーリィ]事件判決以前では、少なくとも連邦裁判所では、ここで問題となっているようなコモンローについては法廷地法(連邦裁判所による連邦のコモンロー)を適用するだけで国際私法はなかったわけである。州裁判所においても、制定法についての州の間での国際私法は意識されていたのは勿論であるが、一般的なコモンローについては、必ずしもはっきりしていなかったように見える。ここでの「国際私法」は、制定法についてのものを(そして、それを流用することを)第一義的には考えている。 本文に戻る

<注5>

 ここでのイーリィ事件の説明には、筆者の試論に過ぎない部分のあることに御留意いただきたい。一般的には、各州の間のコモンローの独立性は、もう少し基本的なものと考えられている。

 本稿における筆者の興味の中心の一つは“各サーキットの法の分化を、州法の分化になぞらえることができないか”ということにある。筆者の出発点は[パンデュイット]事件判決が、CAFCが各サーキットの判例に従うべきことをイーリィ事件の判旨に対比していることにある。このアナロジーを更に進められるのではないかと考え、その観点からのイーリィ事件の理解を試みた。しかし、一つの連邦法典から発している各サーキット間の場合と独立主権である各州の場合とでは違いがありアナロジーには限界があることも確かである。

 また、このようなアナロジーを考えるにしても、本文での説明はイーリィ事件を明白な分水嶺のように扱っている点で問題がある。英国法継受の段階では各州のコモンローが別異のものであるべき理由が無かったことはともかくとして、これと、イーリィ事件前での連邦コモンローの存在とは必ずしも結び付かないものである。連邦コモンローは、連邦での法の統一の必要性から認められようとしたものであって、州法の独立性はその前に既に前提とされていたものと言うべきところがあるからである(この相互関係がどの程度のものであったかなどについては、今後の勉強の課題としたい)。しかし、この点に重きを置くにしても、やはり一定のアナロジーは可能であると思われる。まず、パンデュイット事件判決の取り上げるような対比の範囲で、州法の分化とサーキット間での分化との間に最低限度のアナロジーは成り立つ。さらに、イーリィ事件前の連邦裁判所での扱いは、何にしても州間での分化を否定または無視しようとしていたものであり、イーリィ事件はこれを改めたものと言える点で、アナロジーをもう少しは進められるものであると考える。 本文に戻る

<引用判例>

 [イーリィ]: Erie R. Co. v. Tompkins, 304 U.S. 64 (1938). なお、この被告鉄道会社の名称は、五大湖の1つであるLake Erieとスペルも発音も同一である。日本ではこれを「エリー」というのが通例であるが、米語での発音はどう聞いても「イーリィ」なのでこのように表記した。 引用箇所 引用箇所 引用箇所 引用箇所

 [クライスラー]: Chrysler Motors Corp. v. Auto Body Panels Of Ohio,Inc., 908 F.2d 951 (Fed. Cir. 1990). 引用箇所

 [ケムローン]: Chemlawn Services Corp.v. Gnc Pumps, Inc., 823 F.2d 515 (Fed. Cir. 1987). 引用箇所

 [サウスコープ]: South Corp. v. U.S., 690 F.2d 1368, 215 USPQ 675 (Fed. Cir. 1982). 引用箇所

 [ソルター]: Salter v. Upjohn Co., 593 F.2d 649 (5th Cir. 1979). 引用箇所

 [デック]: Digital Equipment Corp. v. Emulex Corp., 805 F.2d 380 (Fed. Cir. 1986). 引用箇所

 [バイオデックス]: Biodex Corp. v. Loredan Biomedical, Inc.,946 F.2d 850 (Fed. Cir. 1991). 引用箇所

 [ハイブリテック]: Hybritech Inc. v. Abbott Laboratories, 849 F.2d 1446 (Fed. Cir. 1988). 引用箇所

 [パンデュイット]: Panduit Corp. v. All States Plastic Mfg. Co., 744 F.2d 1564 (Fed. Cir. 1984). 引用箇所 引用箇所 引用箇所

 [ブロンダータング]: Blonder-Tongue Laboratories, Inc. v. University Of Illinois Found., 402 U.S. 313 (1971). 引用箇所 引用箇所

<引用文献>

 [伊藤]: 伊藤正己『裁判官と学者の間』(有斐閣 1993年). 引用箇所

 [田中]: 田中英夫『英米法総論 下』(東京大学出版会 1980年). 引用箇所

 [ドレフェス]: Rochelle Cooper Dreyfuss, The Federal Circuit: A Case Study in Specialized Courts, N.Y.U.L.Rev. Vol.64 P.1 (1989). 引用箇所 引用箇所

 [ボーデンハイマー]: Edgar Bodenheimer, An Introduction to the Anglo-American Legal System (2nd ed. West Pub. 1988). 引用箇所

 [村上]: 村上政博『特許・ライセンスの日米比較』(弘文堂 1990年). 引用箇所


改版経過

2009年6月7日(日) 体裁の変更。


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