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ビジネスモデル特許の問題点

松 本 直 樹
初出: 『旬刊経理情報』(中央経済社) 2000年8月1日号

 従来のような技術開発の成果たる「発明らしい発明」ではなく、商売の手法などを発明内容とする特許、すなわちビジネスモデル特許が注目されている。日米での状況について極く簡単にまとめた上で、その問題点について考察する。

 ビジネスモデル特許を肯定する議論を試みていますが、その「さわり」を書いておきます5. ビジネスモデル特許を前提として考えるならの末尾 からの引用です):

 ビジネスモデル特許の「発明」自体は、技術開発投資を必要とするようなものではなくても、それをビジネスとして実現するためには、それなりの投資が必要となる。そうなると、投資をしてリスクをおかしてそのビジネスを開始して、そして有用性を証明した者には、それなりの保護を与えて物真似から保護してやるべきだ、という制度的な見解もあり得る。そうしてこそ、新規ビジネスを始める動機付けを持たせることになる。技術開発投資ではなくても、新規ビジネス投資に対する動機付けとして、特許制度の存在意義を説明することは出来る、というわけである。

目次
1. ビジネスモデル特許、米国の現状
2. 日本の特許法と現状
3. ビジネスモデル特許に対する疑問
4. これからどうなるか?
5. ビジネスモデル特許を前提として考えるなら
6. 新規性・非自明性(進歩性)を適切に要求する必要
7. 適正な審査の必要
8. 表1と表2


1. ビジネスモデル特許、米国の現状  目次へ戻る

 ビジネスモデル特許をめぐる米国の現状の説明には、いろいろなものが見られる。非常に進展していると強調したものがある一方で、日本と違いはないとの説明も聞く。

 近時の米国において、特許が認められる発明の種類が、非常に広がっているというのは事実である。いや、広がっているというよりは、そこには限界が無くなっている。従来考えられていた発明という概念からはおよそ似つかわしくないものまでが、有用で新しい何らかの考えでありさえすれば特許の対象となり得るとされるに至っている。

 それを明確に示した裁判例が、1998年のステート・ストリート・バンク事件フェデラル・サーキット(CAFC)判決(State Street Bank v. Signature (Fed.Cir. 23 July 1998))である。この裁判例では、数学的アルゴリズムを内容としていても、それが有用な目的に応用されていれば特許性があるとし、さらに、ビジネス・メソッドだからといって特許が認められないことはない、と判示している。

 この裁判例は、CAFCという控訴裁判所のもので、最高裁の判例ではないので、その権威には限定がある。しかしながら、CAFCは特許事件については全米の地方裁判所の上訴審を扱うので(地域限定が無い)、その先例の現実的重要性は非常に大きい。そのCAFCの裁判例として、こうした明解なものが出ているので、実務上は、特許の対象には限定が無くなったということができる。

 ステート・ストリート・バンク事件CAFC判決は、判例変更の形を取ったものではなく(判例変更のためには大法廷の必要があるが、この判決は小法廷のものである)、右の判示は従来の判例法に沿ったものだということになっている。しかしながら、ビジネスモデルの類には特許は認められないはずだとの考えが、かつてはむしろ一般的だったのは確かであり、実際、このケースの地裁は、そうした考えによって問題の特許を無効としていたのである。もっとも、この特許が成立していた事でも分かるように、これを認める考えが既に有力になっていたことも間違いのないところで、この判決はそれを明確にしたものといえる。

 「図」は、奇妙?な特許として有名なミラー特許(USP 5,616,089(IBMのサイトのこの特許のページへのリンクです))の公報第1ページである(図はこのページでは省略するので、左のリンク先のIBMのページで見てください)。発明の名称は「パッティングの方法(METHOD OF PUTTING)」であり、その図からも分かるように、パターの持ち方を内容としている。この特許自体は、いわゆるビジネスモデル特許のような経済的重要性は無かろうが、ステート・ストリート・バンク事件が判示したとおり、特許の対象が無限定となっていることを示す象徴的な例ではある。

2. 日本の特許法と現状  目次へ戻る

 これと比較すると、日本の現状では、限定があると考えるのが一般的であると思われるし、法律の文言上も明白に限界が存在している。特許法2条1項が、特許が認められ得る「発明」を定義しているが、そこでは「自然法則を利用した技術的思想の創作」であるとされている。この「自然法則」という規定からすると、米国と同じことには出来ないのが確かである。参考のため、日米の特許法の関係条文[表1]にまとめておく。

 もっとも実際的には、米国に近いものにはなり得る。つまり、米国で成立しているビジネスモデル特許を見ても、重要なものはすべて、まったくのビジネス・メソッド自体ではなく、実際にはコンピューターを利用したものだからである。コンピューターを利用することを前提とした特許なのであれば、日本でも、システムとしてクレームドラフトすれば、コンピューターを介して自然法則利用しているという主張が可能だとされ、現にそのタイプの特許は多数成立している。なお、米国での議論に比べると、この議論は非常に形式的でおかしいとも思われるが(上記のステート・ストリート・バンク事件では、クレームを解釈すると1つの機械を対象としていることになるとした上で、さらに発明内容に即して特許性の検討をしている)、現実である。

 しかし、ここでさらに考えると、そのようなコンピューターを含んだ特許権を権利行使して他の人による実施を排除できるか、という実効性の点では、やはり日米間でかなりの差があるように思われる。寄与侵害または間接侵害の関係での法律の規定とその運用の仕方に差があり、日本での権利行使にはいろいろな問題がある。

3. ビジネスモデル特許に対する疑問  目次へ戻る

 さて、ビジネスモデル特許については、それに乗り遅れてはいけないという論調がある一方で、こうした特許権が認められることは望ましくないとする批判的な見解も多く目にする。そうした批判的見解は十分に整理されていないものが多いが、その言わんとするところは、おぼろげながら分かるような気がする。以下では、これを整理して考えることを試みる。特許制度の根拠との関係で、ビジネスモデル特許には疑問を感じる部分が確かにある。

3.1 産業政策としての特許制度

 特許権がなぜ認められるのかについては、まず、産業政策としての理由付けができる。仮に特許権を認めないと、或る人が開発した発明を、他の人が模倣することも自由ということになる。それでは、開発投資をして発明をした人は、投資を回収することが難しくなってしまい、開発投資をしようという人がいなくなる。これは社会にとって望ましくない状況である。そこで、特許権という独占権を与えることで、開発投資を回収できるようにして、これによって開発投資をすることを促進しよう、それが社会的に合理的だ。……といった説明である。日本の特許法1条は、「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」と、この趣旨を規定する。

 こうした説明が、ビジネスモデル特許に当てはまるかというと、かなり疑問である。当てはまる場合もあるかもしれないが、むしろ当てはまりそうにない例の方が想像しやすい。極端な言い方をすれば、たまたま或る分野でインターネットを最初に利用しようとした人が、単にそれだけのことで得てしまった特許権である。この場合には、投資と言うほどの技術開発投資をしたわけではなくても、特許権が得られる。こうしたものに対して独占権を与えるというのは、開発投資の促進のためとの制度趣旨には合致しないとの議論が有力になろう。

3.2 公開の代償

 特許権を認める理由として、技術の公開の代償として独占権を与えるのだという説明がされることもある。産業政策的な説明と対立するものではなく、それを補って、さらには先願主義を根拠づける説明である。

 特許が認められないと、技術を持つものはそれを公開せずに秘匿しておくことによって有利な立場を守ろうとするだろう、それでは社会にとって望ましくない、という説明をする。

 これまたビジネスモデル特許にはあてはまらないことが多いと思われる。ビジネスモデル特許では、社会的に活用することで初めて意味を持つ「発明」が対象であり、これを秘匿しておくなどということは出来ないものと思われる。そうすると、公開の代償として特許権を与えねばならない、という説明は難しいことになる。

3.3 なぜ独占権か

 またもう少し違う言い方として、技術開発の動機づけを与えるにしても、なぜそれを独占権という形にするのか、については、次のような説明が可能である。発明というのは新しいものであるから、一定期間、独占権を与えて他の者には利用させないことにしても、もともとその発明者による発明がなければ他の人もどうせ利用できなかった性質のものである。だから、独占を認めても、その社会的負担は少ない、との説明である。

 これまたビジネスモデル特許の典型例には、該当しそうにない。その人が仮にその発明をしなくても、他の人がすぐさま実現したはずのものであり、独占をさせることは、むしろ世の中の進展を妨げるだけ、と見えてしまう。

4. これからどうなるか?  目次へ戻る

 以上のように言うと、ビジネスモデル特許を認めるべきではない、少なくとも他の発明と同様の長期の独占権を与えるべきではない、という議論となる。

 だから、立法によってこれを制限するという提案もあるし(余り現実的ではないが)、また運用において、例えば独禁法との相互関係を調整することによって、その力を限定するということもあり得ると思う。

 しかし、現実に今後そのように制限する方向に進むかどうかは分からない。もともとが通常の発明についての特許権であっても、一つひとつの事案については、必ずしも合理性があるとは限るものではない。そして、わざわざ区別をして特許権を限定的に認めているのではなくて、ひとまとまりにして、すべてに同じような権利を認めているのが現実なのである。そう考えると、ビジネスモデル特許も他の発明とひとくくりに同じ扱いをするのが、むしろ現実的とも思われてくる。少なくとも、そうなっても、さしておかしい話ではない。

5. ビジネスモデル特許を前提として考えるなら  目次へ戻る

 発想を転換してみれば、ビジネスモデル特許が当たり前に認められるというのは、そう悪いものではないかも知れない。

 これまでも、技術開発型のメーカーは、特許を中心にビジネス展開を考えてきた。これに対してサービス提供ビジネスは、たとえ新規形態のサービス提供をする場合であっても、もっぱら市場での競争にまかされてきた。

 市場とか言うと聞こえはよいが、後発の物真似であっても、資金力に勝れば、創意工夫をしていたパイオニアをうち負かすことが出来たわけで、パイオニアにとっては不当に厳しい状況である。将来は特許が認められるのが当然となって、振り返って見れば、はなはだ野蛮な状況だった、と言われるようになるのかも知れない。

 産業政策的な理由付けも、次のように考え直すことが出来るかも知れない。これは筆者の試論である。

 ビジネスモデル特許の「発明」自体は、技術開発投資を必要とするようなものではなくても、それをビジネスとして実現するためには、それなりの投資が必要となる。そうなると、投資をしてリスクをおかしてそのビジネスを開始して、そして有用性を証明した者には、それなりの保護を与えて物真似から保護してやるべきだ、という制度的な見解もあり得る。そうしてこそ、新規ビジネスを始める動機付けを持たせることになる。技術開発投資ではなくても、新規ビジネス投資に対する動機付けとして、特許制度の存在意義を説明することは出来る、というわけである。

6. 新規性・非自明性(進歩性)を適切に要求する必要  目次へ戻る

 いずれにしろ、今後、ビジネスモデル特許を全否定することは考えにくいが、しかし、特許を認めるのはそれ相応の進歩性の或る発明に限るべきである。そうでなければ、特許を認める合理性がまさに否定されるべきものとなってしまうからである。インターネットを利用しただけの新規性で特許を認めるべきではないだろう。

 (HTML化時(2000年8月15日)の注: 上記3で書いた“典型例”などの現状認識からすると、こうした提言は、現状のビジネスモデル特許に対する反対論ということになるかも知れません。でも私としては、上記の“典型例”は、言わば幻想に過ぎない面もあるというのが私の指摘であり、また、ビジネスモデル特許自体に反対しても仕方のない現状になっていると見られることもあって、これで矛盾ではない積もりです。余り明晰でない記述になってしまい申し訳ありません。)

 この関係では、現状は一部に問題もあるが、そう酷いことになっているわけでもないと思われる。解説の中には、米国のビジネスモデル特許は、本当に無意味な「発明」にも特許を成立させてしまっているとの説明も見られるが(それで危機意識をあおるなどしている)、疑問である。無意味な特許でも成立していると思い込んでいるためであろう、エイプリルフールの、本当に冗談のビジネスモデル特許の記事を、それと気が付かずに取り上げてしまったりする。

 実際に裁判例になっているものなどを、その権利範囲がどの程度のものかということも把握した上でよく見れば、それほど無内容なものまで成立しているわけではないように思われる(筆者も十分な数を精査しているわけでは、決してないが)[表2]に著名なケースをまとめたが、たとえばAT&T対エクセルのケースでの特許は、米国での長距離電話会社の選択の仕方(使う長距離電話会社をあらかじめ選んでおくやり方、いわゆる優先接続)などを前提として見れば、ビジネスメソッドとして、それなりの意味があるものである。電話の受け手の方の選んでいる長距離電話会社という、課金のためには不必要な情報をやりとりし、受け手が自社を選んでいる場合に割引をすることで、受け手についてのセールスを成功させる、というものなのである。

 この特許については、差戻し後の地裁では非新規で無効とされている。その点を含めて考えれば、なおさら、まったく無意味なものにまで特許が認められているわけではなく、まして、そうしたものが有効な特許として権利行使が認められているわけではない。

7. 適正な審査の必要  目次へ戻る

 右のとおり、そう無茶な特許が成立しているわけではないとはいえ、十分な審査のための体制の整備が特に必要であるのは間違いない。というのは、審査のための資料として最もまとまっているのは一般的には過去の特許出願および特許公報であるが、ビジネスモデル特許の場合にはこれが頼りにならないからである。従来は出願の例が乏しい分野だからである(認められると考えられていなかったのだから当然ではある)

 そこで、特許庁において、過去の特許文献以外のデータベースの整備などが不可欠である。これは、既に十分に意識されているところであり、そのための用意が進められているようには言われるが、極めて重要である。

8. 表1と表2  目次へ戻る

 [表1]:  引用箇所

 米国

 Sec. 101 (35 USC 101) Inventions patentable

 Whoever invents or discovers any new and useful process, machine, manufacture, or composition of matter, or any new and useful improvement thereof, may obtain a patent therefor, subject to the conditions and requirements of this title.

 (訳: (特許を受けることの出来る発明)

 新規で有用な、なんらかの方法・機械・製品もしくは組成物、またはそれらの新規で有用ななんらかの改良を、発明または発見したものはだれでも、それについて特許権を得ることが出来る。ただし、本法の規定する条件および要件に従う必要がある。)

 日本

 第2条(定義)

 1 この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。(2項以下略)

 第29条(特許の要件)

 1 産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。

 一 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明

 二 特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明

 三 特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明(2項以下略)

 [表2]:  引用箇所

 State Street Bank v. Signature(ステート・ストリート・バンク事件)

 USP 5,193,056(IBMのサイトのこの特許のページへのリンクです)

 "Data Processing System for Hub and Spoke Financial Services Configuration"

 特許権者シグネチャーとステート・ストリートとは、本件特許についてライセンス交渉をしたが、決裂。ステート・ストリートが、特許の無効などの確認を求めて訴訟を提起。さらに特許法101条違反で特許無効と主張してサマリー・ジャッジメントを申し立てた。マサチューセッツ地裁はこれを認めた。シグネチャーが控訴し、CAFCはこれをいれて破棄差戻の判決(本文参照)。ステート・ストリートは裁量上告をしたが、最高裁は取り上げなかった。

 AT&T v. Excel

 USP 5,333,184(IBMのサイトのこの特許のページへのリンクです)

 "Call Message Recording for Telephone Systems"

 特許権者AT&Tの特許権行使の訴訟提起に対して、エクセルは特許法101条違反で特許無効と主張してサマリー・ジャッジメントを申し立てた。デラウェア地裁はこれを認めた。AT&Tが控訴し、1999年4月、CAFCはこれをいれて破棄差戻の判決。同年10月、デラウェア地裁は、今度は新規性がないとして特許無効の判決を下した。

 Amazon.com v. barnesandnoble.com

 USP 5,960,411(IBMのサイトのこの特許のページへのリンクです)

 "Method and system for placing a purchase order via a communications network" (ワンクリック特許)

 ネット書店のアマゾン・ドット・コムが、既存の大規模書店グループであるバーンズアンドノーブルを被告として提訴。1999年12月に、差止の仮処分が出された。


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