進歩性の認定(2)- 数値限定発明
(特許判例百選[第三版]の17)

「電子写真プレート用光導電性素子」の発明が引用例の記載に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできないとされた事例
第6民事部 昭和53年(行ケ)第2号 特許出願拒絶査定に対する審判の審決取消請求事件
昭和56年3月24日判決、審決取消

松 本 直 樹
(初出: 特許判例百選 [第三版](有斐閣 2004年2月)、同書のアマゾンのページ、の17)
ウェブページ掲載: 2004年10月
Last Modified: 2005年1月23日(日)11時25分08秒

 今読み返すと、いろいろ書いていて、どうもまとまりが良くないですね。



事実

 X(原告)の本願発明は「電子写真プレート用光導電性素子」であり、クレームは「重量で一部のポリビニルカルバゾールに対して重量で約一部の2,4,7,―トリニトロ―9―フルオレノンで形成される電子写真プレート用光導電性素子。」というものである。

 審決では、引用例(特公昭37-16947号公報)に基づいて、特許性が否定された。引用例では、「光導電体」に「活性化物質」を加えることで感光性を高くし、かつ該感光性を安定に保つ、という説明があり、しかも、本願発明の使っている両物質も例にあがっている。ただ、本件審決によれば2点の相違、すなわち、引用例にはこの2物質での組合わせがない点(相違点(1))、本件発明では活性化物質の添加量は光導電体1重量部に対して1重量部であるのに対して、引用例では活性化物質の添加量は光導電体1000モルに対して0.1〜100モルである点(相違点(2))、があるとされたものの、これらは「当業者が容易になし得ること」で「効果も引用例の記載事項と比較し格別顕著であることは認められない。」として特許性を認めなかった。XはY(特許庁長官−被告)を相手どり、審決の取消を請求した。

判旨

 審決取消し(請求認容)。

 「このような数多くの組合わせのうちからPVKとTNFを選択し,さらにそのうえ,当時の当業者の認識限度をはるかに越えた重量比1対1の割合のPVKとTNFとからなる電子プレート用光導電性素子を推考することは,引用例の右の記載から容易になしえたこととみることはできない。」

解説

1 本件の特許性

 先行例との違いが、数値の限定だけだという場合には、特許性が認められるかが疑問なことが多い。しかし本件の事案では、確かに、先行例との違いを認めてよいように見える。先行例に現れているのは「数多くの組み合わせ」だけであり、本件発明のように特に選択したものが開示されていたわけではなく、さらに本件発明では「当業者の認識限度をはるかに越えた重量比1対1の割合」を取っていることから、審決は取り消された。これなら新規とされ進歩性も認められるのももっともである。

2 数値限定と新規性・進歩性

 数値限定については、新規性の問題か、それとも進歩性の問題か、という議論が見られるが、次のように色々な場合があると思われる。

 まず、先行技術において数値が無限定だったり範囲が広くて、問題のクレームの数値範囲とオーバーラップしている場合は、新規性に疑義が生じるが、それだけで必ず新規性が否定されるものではない。オーバーラップ部分が、先行技術においては抽象的に認められているだけである場合には、一種の選択発明の余地がある。

 先行技術において具体的に数値限定範囲に該当するような実施がなされている場合には、数値限定に拘わらず新規性が否定される。具体的には数値限定範囲に該当するものがなくても、大した改善がないなどの場合には、進歩性が否定されるであろう。さらには、まったく当たり前の関係しか認められないならば、たとえ具体的に該当するものが出ていなくても、選ぶところのないものとして、新規性が否定されることも考えられる。

 オーバーラップがない場合には、数値限定内の先行技術はないということなのであるから、基本的には新規性が認められる。残る問題は、進歩性を認めるに足りるだけの違いがあるのか、ということになる。本件の場合は、相違点(2)のとおりであるから、新規性は認められ、さらにこれだけの差異があり感光領域の拡大などがあると見られることから進歩性が認められた。

3 臨界値は必要か

 本件発明では、重量比(活性化物質の光導電体に対しての添加量)が1対1と規定されているが、これがどれだけ以上であることが良いのかなどの開示は無い。この意味では、いわゆる臨界値が開示されているものではない。

 審査基準(平成6年度改正特許法等における審査及び審判の運用)2.6(2)項は、数値限定発明における臨界的意義について、「引用発明の延長線上」のとき、すなわち「相違が数値限定の有無のみで、課題が共通する場合」は、「その数値限定の内と外で有利な効果において量的に顕著な差異があることが要求される。」としながらも、続けて「しかし、課題が異なり、有利な効果が異質である場合は、数値限定を除いて両者が同じ発明を特定するための事項を有していたとしても、数値限定に臨界的意義を要しない。」としている。

 これに対して吉藤幸朔著=熊谷健一補訂・特許法概説(第13版,1998)132頁は、臨界的意義をすべてに求める見解を「誤解」としており、上記とは対立するようにも見える。もっともこの見解は、「すべてに」求めるのを誤解とするものであり、そこで説明されているように、数値限定の点以外の構成や目的・効果の点で発明性があるのなら、数値限定について特に要求がないのは当然とも思われる。数値の限定に新規性・進歩性が存在する場合こそが問題である。

 思うに、具体的な先行技術と数値の点だけで相違していて、そこに進歩性を認められる場合というのは、自ずと、その途中のどこかには臨界値が存在するものであろう。しかし、だからといって、発明としては臨界値の知見そのものが重要なのではない。むしろ、臨界値内の或る数値が示されれば、それで実施が可能となるものであり、産業上の意義としてはそれに尽きるであろう。

 上記の審査基準は、東京高判昭和56年4月9日(取消集56年667頁)を反映しているとされ(梶崎弘一「(4)-1 数値やパラメータによる限定を含む発明」竹田稔監修・特許審査・審判の法理と課題[2002]306頁)、この判決文中には実際「臨界的意義を持つことが特許性を確保するための決め手となる。」との言葉がある。しかし実はこの言葉は、必要な場合には必要だ、としているだけのもので、続けて「しかしながら、数値限定は必ずしも臨界的意義を有する場合にのみなされるわけではないのであって」として不要な場合を認め、事案としてもむしろ臨界的意義を不要としたケースである。また、審査基準にしても、臨界的意義を求めるのを原則とするかのように規定しつつも、続けて、「課題が異なり、有利な効果が異質である場合」はこれを必要としないとしている。数値限定に意義のある状況というのは、むしろこの後者に該当する場合が通常のように思われる。

 本件について、活性化物質の比率の下限はあるのであろうが、その知見は必ずしも意味がない。具体的に知られていたのとは違う「重量比1対1」のものが、現に進歩性を満たすだけの特異な特性を有していることが重要である。本件では、既存の技術としてはむしろ、活性化物質の割合は僅かなものとすることだけがあったわけだから、それとの違いが十分にある(梶崎・前出は、臨界的意義が要求されない場合の例として本件に言及しており、「数値範囲に大きな隔たり」があって技術的意義が認められやすい場合としている)。穂積忠「数値限定・変更と臨界的意義」パテント55巻5号60頁も、近い場合については臨界値が必要とされることが多いとはするが、一般的な要件としてはむしろ否定的である。

 東京高裁平成9年10月16日判決(判時1635号138頁)は、フレネルレンズを使った投影スクリーンのモアレ模様の回避に関する発明について、「二次的モアレ」の対処という「異質な作用効果」を扱っているとして、先行技術とオーバーラップししかも特に臨界値を示さない発明の特許性を認めている。審査基準の後段に一応は沿っていると理解されるが(角田政芳・判例研究・知管50巻3号381頁参照)、限界的な事例と思われる。

4 パラメータの取り上げ方と特許性

 臨界値が示されていて、その数値が新しい知見であるとしても、従来の技術でもそのクレームの範囲のものが当然に実施され得たのであれば、特許を認めるべきでない。

 右でも記したように、既存の技術をカバーしてしまうクレームに特許性を認めることは出来ない。これは特許法の原理であり、新規性の要求はそうした意味に理解される必要がある。仮にその臨界数値の知見自体は新規としても、そのクレームに該当する技術が既に公知なのであれば、特許が成立するのは不当である。

 そもそも、特許制度において独占権を与えることが正当化されるのは、それが新規なもので、その出願の発明者によって発明されなければ世の中に存在しなかったものであるからこそである(中山信弘・工業所有権法[第二版増補版,2003]119頁の新規性要件についての説明を参照)。特許の権利期間という一定期間の独占を許し、それを発明のインセンティブとするにしても、その発明によって初めてもたらされた技術であればこそ、独占が正当化される(並行発明の場合など、このように断定するには微妙な場面はあるにしても、原則論としてはこう言えるはずである)。こうした観点から、たとえ臨界値の知見が新しくとも、実際的な意味で既存の技術を独占するような特許は認められるべきでない。

 もっとも、臨界値を測定して活用することまでがクレームの要件となっている場合は、以上とは別論である。この場合には、単にその数値に当てはまっているだけの行為は技術的範囲に属さないものとなる。従来技術においてその数値範囲に該当するものがあり得たとしても、測定して活用することはなされていなかったのであれば、その範囲で独占を許すことは不当でない。さらに、こうした測定までを要件とするクレームの場合なら、文字通りの臨界値に特に意義を認め得る。逆に、臨界値の測定を規定していないばかりでなく、直接的な制御の対象とするのが難しいパラメータを取り上げている場合には、産業上の利用価値という点で極めて疑問な発明となる。

 また、公知の技術が該当するような特許は成立するべきではないと言っても、実務的にはここに問題が生じることが少なくない。パラメータ要件を利用することは、有力な特許を取得するための上手い方策でああり得るが(吉井一男・広くて強い特許明細書の書き方-パラメータ特許実務ノウハウ集[2002]参照)、反面、従前関心の払われていなかったパラメーターを取り上げると、公知技術が該当するものかどうかが明確に出来ないために不当と思われる特許が成立することがある。増井和夫=田村善之・特許判例ガイド(第2版,2000)64頁がこうした「新たな測定方法」に関する問題を指摘している。同様に、今村玲英子「(4)-2 数値やパラメータによる限定を含む発明」竹田稔監修・特許審査・審判の法理と課題(2002)317頁も、パラメータ発明について「有利な効果を有するとは認められない場合」でも「進歩性を否定することは難しいことが多い。」と指摘する。

 対処のために、実験報告書が作成・提出されるのが通例であるが、これにもまた問題がある(神谷惠理子「数値限定発明における実験報告書の攻防」パテント56巻5号30頁参照)。

5 本件発明の技術的疑問

 ところで本件について若干の疑問を感じるのは、このように高い比率で活性剤を入れることで、本当に優れたものを得られのか、という点である。特に、暗い場所での特性を悪化させるというのが引例での説明であり、これはもっともなように想像される。この点について判決は、「ただちに,本件発明の組成物が実用的でないとしてその効果を否定することはできない。」とする。この言い方からは、実用的かどうか、さらに判断があり得るようにも見える。

 または、単にこのような成分比にしているのではなく、他の手段を使って実用性を高めているのかも知れない。その様な実施形態が考えられるかも知れない。仮にそうならば、そこを内容としたクレームにされるべきであり、その対処法に別のものを採用した場合には、侵害とされるべきではないと思われる。なぜなら、何に発明価値があるのかに対応した特許である必要があるからである。

判決書(掲載されたものが入手困難なので、OCRして載せておきます)

 以下は、松本がOCRしたものです。特許と企業の紙面のイメージも、ここに100senCASE.pdfとして (646 KB) 掲載しておきます。『特許と企業』149号(81年5月)19頁なのですが、他に全文は掲載されていないようで、評釈も見当たりません。さらに不思議なことに、ゲラの送付を受けた際に編集の方から、ゲラ返送の際にはチェックのためにこの誌面のコピーも同封するように頼まれました。編集部でも用意がなかったようなのです。何ともマイナーな裁判例。

<特56−23>「電子写真プレート用光導電性素子」の発明が引用例の記載に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできないとされた事例

第6民事部 昭和53年(行ケ)第2号 特許出願拒絶査定に対する審判の審決取消請求事件
昭和56年3月24日判決,審決取消

原告 ランク・ゼロックス・リミテッド
被告 特許庁長官
〔参照条文〕特許法29条2項
〔事案〕本願発明の要旨は次のとおり。

 重量で一部のポリビニルカルバゾールに対して重量で約一部の2,4,7,―トリニトロ―9―フルオレノンで形成される電子写真プレート用光導電性素子。

(審決理由の要点)

 引用例(特公昭37―16947号公報)には,光導電体に活性化物質を加えることにより,感光性を高くすることができ,かつ該感光性を長期にわたって安定に保つことができること,および該活性物質の添加量は,簡単な実験でたやすく求めることができ,光導電体1000モルに対して約0.1〜100モルであることが記載されている。そして,更に,該光導電体としてポリビニルカルバゾールが,また,活性化物質として,2,4,7―トリニトローフルオレノンがそれぞれ示されている。そこで,本件発明と引用例とを比較すると,両者は,光導電体と活性化物質とがらなる電子写真プレート用光導電性素子である点で一致するものであるが,ただ(1)本件発明は光導電体であるポリビニルカルバゾールと活性化物質である2,4,7−トリニトロ−フルオレノンとを組合わせたものであるのに対して,引用例には,光導電体と活性化物質の組合わせとして,ポリビニルカルバゾールと2,4,7−トリニトロ−フルオレノンの組合わせがない点,および(2)本件発明では活性化物質の添加量は光導電体1重量部に対して,1重量部であるのに対して,引用例では活性化物質の添加量は,光導電体1000モルに対して,0.1〜100モルである点でそれぞれ相違している。

 よって,上記相違点の(1)および(2)について検討すると,まず,相違点(1)については,前述の如く,光導電体と活性化物質とを組合わせた電于写真プレート用光導電性素子は知られており,更に該光導電体として,ポリビニルカルバゾールが,また,活性化物質として,2,4 7−トリニトロ−フルオレノンがそれぞれ,示されている以上,光導電体と活性化物質の組合わせとして,ポリビニルカルバゾールと2,4,7−トリニトローフルオレノンの組合わせを,選択使用することは当業者が容易になし得ることと認められる。

 次に,相違点(2)について,光導電体に対する活性化物質の添加量は,簡単な実験でたやすく求めることができ,その添加量範囲も,前述の如く記載されの2,4,7―トリニトロ―フルオレノンの添加量は引用例記載の添加量を基準にして,最良の結果が得られる点即ち,1対1の点(重量部)を選択することは,当業者が容易になし得る程度のことと認められる。しかも,上記相違点(1)および(2)により奏する効果も引用例の記載事項と比較し格別顕著であることは認められない。

〔理由〕1.省略

2.そこで,審決を取り消すべき事由の有無について判断する。

(取消事由(1)について)

 まず,原告は,本件発明の電子写真プレート用光導電性素子が,光導電体と活性化物質との2成分で組成されているのに対し,引用例の素子は,光導電体,活性化物質およびロウの3成分によって組成されているのに,審決は,両者の右の構造上の相違を看過した旨主張する。

 そこで,引用例(特公昭37―16947号一成立に争いのない甲第5号証)の記載内容を精査するに,引用例の発明は,「電気写真的方法により反転像を作る場合,導光体層が少くとも一種のロウを含有することを特徴とする電気写真的方法により反転像を作る方法」(特許公報第1頁左欄最後の4行)に関するものであるが,その明細書には,その発明による光導体層に活性化物質を加えることによって感光性を高くすることができることなど審決認定の如き記載(審決1丁裏14行ないし2丁表3行目)があり(当事者間に争いがない。),さらにその第2頁左欄下から4行目以下には,「導光体層を,場合により樹脂と共に先ず基層上に施し,次に導光体層にロウの薄層を被せることもできる。」との記載かおる。

 右の如き引用例の記載内容からしても,引用例の発明におけるロウの効果について不明確なところがあるにせよ,その明細書には,ロウを含有しない光導電体と活性化物質の二成分からなる光導体層に関する技術思想が開示されているものとみるべきである。

 したがって,審決が引用例の内容を誤認し,両者の成分数の相違を看過したとの原告の主張には,首肯できない。

(取消事由(二)について)

(1)つぎに,原告は,本件出願当時の有機光導電体についての一般的認識からすると,本件発明の如くPVK(有機光導電体)とTNF(活性剤)との混合割合を桁違いに多く重量比1対1にまでふやすことによって,感光領域を拡大し,かつ暗減衰特性を改善することは,引用例から当業者が容易に推考しえないことであると主張する。

 引用例に,光導電体としてPVKが,また,活性化物質としてTNFが例示されていることおよび「光導体に適当に添加する活性剤の量は,簡単な実験でたやすく求めることができる。この量は使用する物質によって変るが,一般には光導体物質1000モルに対して約0.1〜100モル,特に約1〜50モルである。」(第4頁左欄末行ないし右側3行目)との記載があることは当事者間に争いがない。

 また,成立に争いのない甲第7号証(昭和51年2月2日付の尋問書に対する回答を内容とする昭和51年9月22日付上申書)には,PVKとTNFとからなる光導電性組成物において,PVKとTNFを重量比で約1対1とすれば,望ましくない結晶化も起らず(TNFの濃度が50%を越えるとTNFの結晶化か起る。)に,かつ光導電性素子として最高の感度を得ることができることが明らかであるから,重量比1対1の臨界的意義がある旨の記載が認められる。

 (2)そこで,本件特許出願前の電子写真技術の分野において,光導電性物質に対する活性剤の添加量に関し当業者がいかなる認識をもっていたか,そして,この認識に立って引用例を読む場合には,引用例の前記引用にかかる記載がどう理解されるべきかについて検討する。

 引用例における「一般には光導体物質1000モルに対して約0.1〜100モル,特に約1〜50モルである。」との記載からは,添加割合の上限はモル比で1/10程度であるとする趣旨が窺える。また成立に争いのない甲第9号証(米国特許第3037861号明細書一昭和37年9月7日特許庁資料館受入)には,「最良の向上を得るのに要する添加物質の量はそのような物質の性質に応じて変化するものであるが,一般的には,ポリビニルカルバゾールの重量に対して0.01〜5重量パーセント,好ましくは1〜2重量パーセントである。それよりもきわめて少量の添加によっても,ポリビニルカルバゾール層の感度をかなり増加させる。所望ならば,20重量パーセントまでの多量の添加物質を使用してもよい。」(第4欄58行ないし67行目)と記載されており,さらに成立に争いのない甲第10号証(英国特許第990368号明細書―昭和40年7月19日特許庁資料館受入)には,「添加する有機化合物(すなわち,電子受容体)は,強く着色された染料増感剤と区別するために,英国特許第942810号では活性剤と称せられている。活性剤は,光導電性物質に対して少量,例えば,光導電性物質の1000モルに対して0.1〜100モルの量で添加される。その理由は,もし活性剤の量がこの範囲の上限を超えると,光導電性物質の暗中における導電性が大きすぎる性質があるからである。」(第1頁左欄23行ないし35行目)との記載が認められる。これらの記載内容からみると,本件出願前にあっては,光導電性物質に活性剤を添加して感光度を高くできるとしても,その添加量をふやすと暗減衰が増大するものと考えられ,したがって,活性剤は少量添加すべきものと認識されていたことが窺われ,光導電性物質に対する活性剤の添加量は,せいぜい20重量パーセント位が上限であると理解されていたものと推認され,右推認を覆えすに足る証拠はない。

 本件出願前における光導電性物質に対する活性剤の添加量についての理解がこのようなものであるとすると,引用例に前叙のとおり「光導体に適当に添加する活性剤の量は,簡単な実験でたやすく求めることができる」との記載があるとしても,右の記載は,光導体として使用する有機光導性化合物や活性剤として使用する物質の各組合わせによってその組成割合も変るものであるが,光導体物質1000モルに対して約100モル程度の割合範囲内において,実験によって適切な添加量をきめうるとの趣旨に解するのが相当であり,引用例における右の記載から本件特許出願前の当業者の認識の範囲をけるかに越えて,光導電性物質に対して活性剤を重量比1対1の割合(活性剤が重量で等部数混入されているので「添加量」という表現すら妥当七ない。)で混合するという技術思想を引き出すことは容易なこととみることはできない。しかし,引用例の記載をみるに,引用例には,光導体として用いられうる多数の有機光導性化合物の1つとしてPVKが例示されており,また活性剤としてのTNFも活性剤として列挙された100を越える物質の中の1つにすぎないのであるから,引用例に示された有機光導性化合物と活性剤との組合わせはきわめて多数考えられるのである。このような数多くの組合わせのうちからPVKとTNFを選択し,さらにそのうえ,当時の当業者の認識限度をはるかに越えた重量比1対1の割合のPVKとTNFとからなる電子プレート用光導電性素子を推考することは,引用例の右の記載から容易になしえたこととみることはできない。

 したがって,審決が,PVKとTNFとを組合わせた場合,「1対1の点(重量部)を選択することは当業者が容易になし得る程度のことと認められる。」(3丁表4行ないし5行目)と判断したのは誤りといわなければならない。

 この点の原告の主張は理由がある。

 (3)さらに審決は,「相違点(2)(本件発明では活性化物質の添加量は光導電体1重量部に対して,1重量部であるのに対して,引用例では活性化物質の添加量は,光導電体1000モルに対して,0.1〜100モルである点)により奏する効果も引用例の記載事項と比較し格別顕著であるとは認められない。」(3丁表6行ないし8行目)としたが,以下のべるとおり,この点の判断も誤りというべきである。

 即ち,原告は,PVKとTNFの割合を重量比1対1にまでふやすことにより,感光領域を拡大し,さらに暗減衰特性を劣化させることなく高感光度の素子を得ることに成功した旨主張しているところ,少くとも本件明細書(成立に争いのない甲第2号証)には,従来の光導電性有機重合体では,ルイス酸(活性剤)でドープすることによって高度の感光性を得ることができるものの,暗減衰が大となるという欠点があったが,本件発明はそれを改善し,暗減衰を小さくした点が本件発明の効果の1つである旨の記載がある(明細書第3頁下から2行ないし第5頁3行目,第6頁3行ないし6行目参照)。

 そして,本件明細書添付の図表には,樹脂被覆光導電性素子との比較標準としてではあるが,アルミニュームシートに重量で等部数のPVKとTNFとを浸漬被覆した電子写真板(樹脂被覆を施さない板)の暗放電(暗減衰)の程度が示され,図表の説明もなされていることが認められる(明細書第13ないし第16頁)。

 これに対し,引用例には,光導電性有機重合体に活性剤を混合した場合におけるその重合体組成物の暗減衰特性がどのようになるかについては何ら記載がないのであるから,暗減衰特性の改善に関しては引用例は比較の資料になりえないものである。

 たしかに前出甲第10号証(英国特許第990368号明細書)には「もし活性剤の量がこの範囲の上限を超えると,光導電性物質の暗中における導電性が大きすぎる性質がある……」との記載があることは前叙のとおりであるが,右記載のみを根拠として,ただちに,本件発明の組成物が実用的でないとしてその効果を否定することはできない。

 以上のとおり,審決は,本件発明と引用例との相違点(2)についての判断を誤り,その上で本件発明は引用例の記載事項から容易に発明することができたものと誤った判断をなしたものであるから,違法として取消しを免れない。

3.省略 (小堀勇・楠賢二・舟橋定之)

改版経過

 ウェブページ掲載: 2004年10月

 2005年1月23日: 表記を直しました。「,」が混ざっていたのとOCRのミスを修正。


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